2013年06月15日

 初夏三題

 水面映ゆ 静けき梅雨(あめ)や 花筏

 花筏は、散った桜の花びらが水面に浮かび、流れてゆくさまである。
 幽玄な春の風情だが、いま、水面を飾っているのは、梅雨空の照り返しである。
 雨が細やかに水面を叩いている。梅雨雲は明るい。その空が水面に乱反射している。
 水面の細かい光の乱舞が、まるで、花筏のようだ。
 花筏は、春の季語だが、この句の季語は、梅雨(あめ)で、花筏は、あくまで、情景の比喩である。
 雨のなかで、こまやかに光る水面が、水にうかんだ桜の花びらを連想させたのである。

 神田川 瀬の音やわらぐ 卯の花月
 卯月は四月だが、新暦では、四月下旬から六月上旬ごろにあたる。
 この頃、卯の花が咲くので、卯月、 卯の花月の名がある。
 入梅の頃なので、雨月でもある。
 語源に雨月(うづき=卯月)とした説はないが、ことばの語呂から、雨月という文字が連想される。
 梅雨時の神田川は、目立って、水量が増すわけではないが、せせらぎが耳に快い。
 卯の花の花期は、五月から七月。枝先に円錐花序をつけ、花弁が五枚の白い花を咲かせる。
 唱歌「夏は来ぬ」にこうある。
 卯の花の におうかきねに 時鳥(ほととぎす)早も来鳴きて しのび音もらす 夏は来ぬ
 卯の花は、春というより、もう、初夏の風物なのである。

 郭公の 声をさがして 高みかな

 郭公(カッコウ)は、閑古鳥ののことで、木々のあいだからつたわってくる郭公の声は、意外に、ものさびしい。
 松尾芭蕉も、「憂きわれをさびしがらせよ閑古鳥」と詠んだ。
 郭公は、託卵することで、有名な鳥である。
 つまり、本当の親を知らない鳥である。
 カッコーという、途切れ途切れのさびしい響きは、そのせいであろうか。
 さびれているさまを「閑古鳥が鳴く」というが、初夏の林で、一日中、その閑古鳥が鳴いてる。
 夏の訪れと閑古鳥、なんとも、意外な、取り合わせなのである。



posted by office YM at 22:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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