忘れるなかれ 雲の路筋
秋に北から来て、春に北へ帰る雁が、音もなく、空を渡ってゆく。
その空に、大きな雲がうかんでいる。
L字編隊を組んで、まっすぐ、北をめざすすがたは、まるで、空にかかった雲の路を行くようだ。
繁殖地に向かう渡り鳥は「行く」ではなく「帰る」である。
秋に日本へ渡って来て、春、北の繁殖地に帰る渡り鳥には、雁や鴨、鶴、白鳥などの大型の鳥から鶫(つぐみ)、鶸(ひわ)などの小型の鳥まで、多くの種類がいる。
鳥帰る 忘るなかれや 雲の路
「忘るなかれや」と呼びかけるのは、迷わずに、北の繁殖地へ着くようにというだけではない。
秋になったら、忘れずに、日本へ戻っておいで、とたのんでいるのである。
「鳥帰る」や「帰雁(きがん)」は、春の季語だが、形容詞なしの雁は、秋の季語である。
花鳥風月ということばがあるように、日本人には、鳥を天地自然の風物としてみる美意識がそなわっている。
その鳥が、季節によって、海をこえて渡ってきたり、帰ったりする。
冬のあいだ山にいた鳥が、春、里にやってきて、美しい声で囀る。
春に桜が咲くような、鮮やかな季節感である。
季語となる鳥のうち、よく知られているものを列記してみよう。
春/雉子(きじ)・鶯(うぐいす)・雲雀(ひばり)駒鳥(こまどり)・鷽(うそ)・燕(つばめ)
夏/ 時鳥(ほととぎす)・郭公(かっこう)・仏法僧(ぶっぽうそう)・木葉木菟(このはづく)・大瑠璃(おおるり)・雷鳥・翡翠(かわせみ)・葭切(よしきり)・水鶏(くいな)
秋/・雁(かり)・鵙(もず)・啄木鳥(きつつき)・眼白(めじろ)・頬白(ほおじろ)・山雀(やまがら)・四十雀(しじゅうがら)・鶉(うずら)・鶇(つぐみ)・鵯(ひよどり)・鶸(ひわ)・懸巣鳥(かけす)・鶺鴒(せきれい)・椋鳥(むくどり)・鴫(しぎ)
冬/鷹(たか)・鷲(わし)・梟(ふくろう)・寒鴉(かんがらす)・寒雀(かんすずめ)・鳰(かいつぶり)・千鳥(ちどり)・鴨(かも)・鴛鴦(おしどり)
いわひばり 多夫多妻なり 春の宴
鳥の行動が季語になるのは「鳥帰る」だけではない。
鶯の第一声が初音で、渡り鳥が雲間に隠れるのが、鳥雲に入る。
孕(はら)み鳥から、鳥交(とりさか)る、というのまである。
群れで生活しているイワヒバリは、一夫一妻制の他の鳥とはちがって、多夫多彩の乱婚型である。
奔放のようにみえるが、そうではないことは、雌が抱卵したときにわかる。
一羽の雌が卵を孵すと、すべての雄が、分け隔てなく、巣に餌を運んでくるのである。
これなら、高山や岩山という、食糧事情のわるい場所でも、子育てができる。
孵化したヒナが、やがて、巣立ってゆく。
巣立ち鳥は、春の季語だが、夏に近い晩春であろう。
初夏の空にむかって羽ばたく若鳥は初々しい。
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