2009年08月13日

 三宅島は伝説の島

 なつかしき 人も輪に入る 盆踊り

 わたしの故郷、三宅島では、2000年の噴火によって、全島民が島外へ避難を余儀なくされた。
 有害ガス噴出が局地的になって、2005年に避難指示が解除されたものの、いまなお、島の半分が立ち入り禁止で、観光客をふくめた島の滞在者全員に、脱硫マスクの携帯が義務付けられている。
 八月の初旬から一週間、帰島して、10年ぶりに復活した夏祭りを見物してきた。
 正式には、富賀神社大祭といい、祭神は、事代主命(ことしろぬしのみこと)である。
 この神さまは、島名の由来とされている。
 事代主命は、父である大国主命とともに、出雲国から紀伊国、さらに、三宅島に渡って、漁業や農業をつたえ、島の基盤を築いたという。
 三宅は、宮家で、事代主命の御家である。
 富賀神社の御本殿地下は、事代主神の御陵で、古墳時代の土器や勾玉、耳飾りなどが発掘され、大切に保存されている。
 富賀神社大祭は、地方には珍しい由緒正しいお祭りで、期間中、お神輿の巡行や引き渡しの儀式、盆踊りの奉納などがおこなわれる。
 盆踊りの輪のなかに、懐かしい顔が、みつかった。
 少年時代、肩を組んで遊んだ友、青年・壮年時代、一緒に政治運動をおこなった同志が、好々爺になって、十年ぶりに復活した夏祭りをたのしんでいるのである。

 迎え火や 父母亡き里へ 帰省かな

 迎え火は、お供えをして、父母の御霊が家へ帰ってくるのを迎える。
 迎えるじぶんも、久々の帰省だ。
 学生時代、帰省のたび、母が料理をつくって、迎えたくれたものである。
 故郷が、父母亡き里となって、何年たったものか。

 門火焚き 蝉時雨れて 魂迎え

 送り火を 焚きて門辺の 魂送り


 台風の影響で、滞在中はぐずついた天気で、祭りも盆も、雨まじりだった。
 雨が止むと、こんどは、夏空の下、にぎやかな蝉時雨である。
 急変する空模様のなか、門火を焚いて、魂をお迎えし、門辺で、送り火をして、魂をお送りした。
 わたしにとって、三宅島は、いまも、伝説の島である。
posted by office YM at 00:27| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
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