2020年01月29日

わが青春譜1

 新島闘争
 昭和三十四年。伊豆七島の新島にミサイル試射場設置の計画がもちこまれた。
 村議会は、賛成派と反対派が対立。島外からの支援者もくわわって、新島は激しい政治闘争の場と化した。
 わたしは賛成派オルグ団の責任者として渡島。辻村村会議長宅を宿舎として、同志の学生・青年らとともに賛成派島民の支援闘争をおこなった。
 同年十二月十日 村議会で賛成案採決。ミサイル試射場の設置が決定される。
 翌年は、60年安保闘争とあって、学生運動や労働運動が過熱していた。
 当時、日本は、若者が、青春をかけて、左右のイデオロギーをぶつけあった政治闘争の時代だった。
 この新島闘争の賛成派オルグ団に、社会党委員長の浅沼稲次郎氏を刺殺した愛国党の山口二矢少年がくわわっていた。

 追憶の 真砂の浜に たたずみて
     一人思ふは 帰り来ぬ日々

 脚注「新島闘争」/防衛庁が東京の南西約150kmの伊豆新島にミサイル試射場設置を計画して、昭和34年(1959年)、新島村議会は受入れを強行採決した。これにたいして、新島基地反対同盟を支援する総評や社会党、共産党、左翼学生運動組織がオルグ団を送り込み、新島は、島民が左右に分かれて争うイデオロギー闘争の戦場と化した。

 闘争に明け暮れていた日々だったが、夕暮れには、一人、新島前浜で、海をながめた。
 多情多感な青春のただなかにあって、連絡船が週一回という離島でながめる水平線の残光は、いっときの安息であったが、それまですごしてきた都会への郷愁を誘わずにいなかった。

 新島の 白き真砂は 恋しかり
    いとしき人の名 書きてまた消す

「巨星墜つ」

 昭和四十年、西山幸輝氏(日本政治文化研究所)とともに、日本新聞社から版権を譲り受けた「日本及日本人」の復刊、再刊にあたる。
 ちなみに姉妹誌「日本」の版権は講談社が取得した。
 村上兵衛(作家/評論家)、御手洗辰雄(政治評論家)、黛敏郎(音楽家)、鵜沢義行(日大名誉教授)、山岩男(哲学者/京大教授)、多田真鋤(政治学者/慶大教授)ら錚々たる諸先生が執筆陣に名をつらねた。
 三島由紀夫先生にも、再三再四、執筆をお願いして、玉稿を戴いた。
 本の発送業務は、早大のOB矢野君の協力を得て日本学生同盟の学生諸君に協力を戴いた。
 そのなかの一人が、森田必勝仁兄であった。
 昭和45年11月25日。三島由紀夫が「楯の会」会員らと市ヶ谷の自衛隊本部へのりこんで、憲法改正と決起をうったえるも、決起ならず、森田必勝とともに割腹自殺する。
 
 益荒男の たばしる大刀の 閃きを
     悲しと思う 嗚呼、巨星墜つ

 脚注「日本及日本人」/評論雑誌。明治40年、雑誌「日本人」を改題して三宅雪嶺を中心に発刊。国粋主義を唱えた。昭和20年終刊。戦後、1950年に日本新聞社が復刊、1965年以後は日本及日本人社から刊行された。
 林房雄(作家)や保田與重郎(文芸評論家)ら保守論客が論陣にくわわった。

 脚注「日本学生同盟」/昭和41年に結成された右派の学生運動団体(前身は「早稲田学生連盟」)。中心となったのは矢野潤や齋藤英俊らで運動スローガンは「ヤルタ・ポツダム体制打倒」だった。三島由紀夫、林房雄、村松剛、黛敏郎らの文化人の支持をえて、自主独立をめざす新民族主義を唱えた。

 脚注「三島由紀夫の割腹自殺事件」/1970年11月25日。三島由紀夫は「楯の会」の会員4人をともなって、東京都新宿区市ヶ谷の陸上自衛隊東部方面総監部総監室を訪問、総監の益田兼利を縛って総監室を占拠。救出しようとした自衛隊員に日本刀などで切りつけ8人に重軽傷を負わせた。三島は自衛隊員に決起を呼びかけるアジ演説をおこなったのち、早稲田大学学生森田必勝とともに割腹自殺した。

 脚注「森田必勝」/三島由紀夫が結成した「楯の会」の第二代学生長。三島とともに自衛隊の決起を呼びかけた後、割腹自殺した。総監の監禁、自衛隊員8人へ傷害を指示したのは三島ではなく、森田だったという見解もある。

 尊師三浦義一

 国文学者 保田與重郎先生、三浦義一先生による近江の義仲寺再興に
 三浦義一門下 西山広喜氏(日本政治文化研究所理事長)と共に参じる    
   
 義仲寺や 尊師義一の いしぶみ(碑・石文)を
     読みて寂しき 近江野の秋

 脚注「義仲寺」/源義仲と義仲の愛妾だった巴御前巴の墓がある滋賀県大津市の寺院。松尾芭蕉も遺言によって此処に葬られる。「木曽殿と背中合わせの寒さかな」。戦後、荒廃するも、三浦義一と保田與重郎によって再興される。両氏の墓も義仲寺にある。

 脚注「三浦義一」/日本の右翼。フィクサー。戦前、政財界や軍部と交流が深かった。とりわけ東條英機と親密で、大東塾の影山正治や国家社会主義者の津久井龍雄とも親しかった。戦後、GHQ民生局のケーディスをスキャンダルで追い落としてケーディスと敵対する参謀第2部(G2)とのあいだに強力なコネをつくるなど、GHQ占領下の政財界で、愛国者として隠然たる力をしめした。
 財閥解体の危機から三井十三家を救って、日本橋室町の三井ビルに事務所を構えたことから室町将軍と呼ばれた。
 北原白秋門下の歌人で歌集に「当観無情」「草莽」「悲天」「続悲天」がある。
 最近(令和元年)、三浦義一の孫で萩原朔太郎の妹、津久井ユキの孫にあたる歌人三浦柳が祖父三浦義一の生涯と短歌を綴った『残心抄』(PHP研究所)が刊行された。歌集「悲天(講談社エディトリアル)」も復刊されている。

 脚注「西山広喜」/日本政治文化研究所理事長。部落解放同盟・松本治一郎(社会党最高顧問)の養嗣子にあたる松本英一(参議院議員)の義兄弟。英一の兄貴格に三浦義一の高弟関山義人(政治結社興論社)がいた。関山をとおして三浦義一の知遇をえる。関山が興論社を解散後、昭和維新連盟を結成。さらに三浦が再建に尽力した日本政治文化研究所の理事長に就任した。
『日本及日本人』の再建復刊にあたって、西山が同社の代表取締役、わたしは株主兼役員をつとめた。

 脚注「関山義人」/戦時中、香港総督府関山機関を運営。戦後は右翼系政治団体の国策社青年部長をへて政治結社興論社社主となる。 児玉誉士夫の兄弟分にして、三浦義一直系の高弟。受勲後、右翼活動を自粛、興論社を解散した。奥州大学(富士大学)学長や明治大学理事をつとめた。

posted by office YM at 09:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月19日

年末年始三句、短歌六首

【年末年始 三句】

背高き
影をおいたる 
冬至かな

侘しさや
暗夜に消え行く 
除夜の鐘

地蔵尊
衣も新た
四方の春

【神田川の夏と秋 二首】  
        
わくらば(病葉)や          
水面に踊りて       
流れゆく         
森滴(したた)りて      
秋まだ遠し       
          
秋高し
青に染まらぬ
ちぎれ雲
子守柿の実
彩なほ冴えて

【尊師三浦義一 二首】

国文学者 保田與重郎先生、三浦義一先生による近江の義仲寺再興に
三浦義一門下 西山広喜(財団法人日本政治文化研究所理事長)と共に参じる    
   
義仲寺や    
尊師義一の
いしぶみ(碑)を
読みて寂しき 
近江野の秋

三浦柳作、祖父三浦義一とその歌『残心抄』を読みて

残心抄
尊師義一の
歌読みて
紙めくるたび
儚く寂し

【愛(まな)娘 二首】 

身障の
吾児を授かり
育みて
健気(けなげ)に妻は
神宝と笑む

(娘の車椅子を押し歩む)
吾児乗せた
車の椅子の
重たさに
己(おの)の老い知り
寂しさ覚ゆ

posted by office YM at 23:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月19日

秋五首

(伊豆大島へ川島忠一君の墓参)
久かたに       
御霊参りて    
やすらけし    
三原の山には    
懸る雲なく   

(過疎化で住む人なき我が家朽ち果てる)         
たらちねの
親の住みたる
古き家
朽ちたるを見て
いとど侘びしき
   
(錆が浜、夕日の沈みゆくを見る)
夕なぎの
水平線を
朱に染めて
つるべおとしの
秋の日暮るる

(さざ波)
暮れなずむ       
打ちては返す    
波おとに    
いとしき君を    
想ふ夕暮   

(秋)
武蔵野の
古き病舎の 
窓辺にも
秋ぞきたりや
コスモス咲きて
posted by office YM at 19:29| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月26日

元号(五題)

【五月一日元号令和となる】
日の本の 御代のかわりて まほろばの
 国よやすかれ 民よやすかれ

【新たなる御代の弥栄を祈る】
弥栄や 元号変わり 御代あらた
 永遠に栄えよ 日の本の国

【靖国】
ちはやふる 英霊(かみ)のおわせし 靖国に     
 御代のかわれど 親拝はなし  

【多摩御陵】               
いく年も 過ぎにしかたの 武蔵野の
 多摩御陵を 照らしゆく月

【社に祈る】
神々に 霜ふる頭(こうべ)を ぬかづきて
 新たなる御代よ 安けくと祈る
posted by office YM at 07:13| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月22日

晩冬4首

(残雪)       
残雪の        
滴(した)る水音(みおと)の      
やわらかき      
春遠からじと    
うたふがごとし      

(一夜老いた友集まる)
歳かさね
共に老いたる
友たちの
こころは遠き
ふるさとにあり

(除夜の鐘)
老いづきて
独り聞く音の
侘しさよ
消えゆく音に
明日を祈りて

(初詣 神仏習合)
除夜の音を
背で聞きながら
初詣で
神を寿ぎ
仏に願う
posted by office YM at 00:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月24日

年末四首

(伊豆山荘にて)

寒風の 窓をゆさぶる もがり笛
凍てつくほどの さみしき夜半よ

(東海汽船乗合所にて)
   
竹芝の 出船のドラの 寂しさよ
心に遠き ふるさと想う

民族運動家 長谷川正男逝く
(平30、12、13)

さまよいて さまよいぬきて 君は逝く
新たな御代を 待ちこがれつつ

(過疎化)
たらちねの 親の御霊の ねむりたる
墓碑は過疎化で 朽ち果てるらむ
posted by office YM at 02:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月02日

晩秋七首

(秋)
かりがねや 茜のそらに 消えゆきて
武蔵野の杜 秋彩(いろ)づきぬ

(古里)
古里の 磯に舞い飛ぶ 海鳥の
なく声寂し 秋の夕ぐれ

(小夜ちどり)
庭先の ほつ枝で鳴きたる 小夜ちどり
われは独酌 来たりて語れ

(夏のおわりに)
夕なぎの 寂けき波音 伊豆の海
夕日にそまりて はま千鳥舞う

(若き日の思い出)
わが胸に 宿りて消えぬ マドンナの
淡き思い出 老いたりてなほ

(秋の夜長)
カナカナと なく蜩の 声すみて
手酌はかどる 秋の夜長よ

(秋)
おちこちで なくすずむしの 声すみて
秋の夜長は 寂かに更けり



posted by office YM at 21:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月12日

盛夏七首

【戦後七十年 天皇沖縄御幸】
年月は 過ぎゆきてなほ 戦場(いくさば)に
御行(みゆき)て祈る 御心うれし

【靖国の御霊の待ちしこと】
やすくにの 杜にねむる つわものの
御霊やすけむ 大君の親拝(いのり)

【八月十五日 靖国神社参拝】
つえつきて 参道歩む 老い人の
背に負いたるは 尊(たっ)とき御霊
   
【八月十三日 盂蘭盆会】
夕暮れて まだ鳴きやまぬ せみしぐれ
迎え火たきて 御霊を迎えん

【ふるさと】
店頭の メロンの香りに 誘われて
喰み(は)て想うは ふるさとの夏

【三宅島 錆ヶ浜にて】
磯ガニと たわむれ遊ぶ 子らの背に
弱き残り日 夏の終わりに

【三宅島 流人墓】
ひっそりと 苔(こけ)むし座る 流人墓
誰(た)がたむけしか いちりんの花
posted by office YM at 16:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月08日

晩冬3首

【独居老人】
病みし夜や 老いて独居の 侘しさよ
明日の目覚を 神に祈らむ

【春の兆し】
なごり雪 梅の上枝(ほつえ)で 華となり
春の兆しを 告ぐるは嬉しき

【演歌】
なつかしき 昭和演歌が 聞こえ来る
すぎし青春 心に温(ぬく)し
posted by office YM at 06:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月07日

秋の六首

【故里】
父母(ちちはは)の 縁(えにし)あるひと また逝きて
  故里なほも 遠くなりけり

【秋】
むさしのの 夕空そめる 茜ぐも
  候鳥(こちょう)去り行き 秋深くなり

【青春のマドンナ逝く】
青春の 淡き想いの マドンナが
  逝きしと聞きし 夜半は寂しき

【金木犀】
庭前の 金木犀の 花の香に
  歩みをとめて 微笑みし女(ひと)あり 

【靖国神社】(戦後七十年)
杖つきて 参道歩む 老い人の
  背に負いたるは 過ぎし時かも

【秋紅葉】
彩づきて 萌え盛りたる 紅葉が
  初木枯らしに 散りゆきて舞う



posted by office YM at 14:50| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月28日

初夏7首

【八十路にて友逝く】
うつし世の 定めなりやと 思ひしも
 君の訃報を 聞くは寂しき

【老梅】
庭前の こけのむしたる 老梅の
 こずえに春の きざしをみたり

【井の頭の池 三十数年ぶりに掻掘を行う】
かい掘りで 水澄み渡る 井の頭
 上弦の月 水面に揺るる

【靖国祈り】
神前で ぬかずきたりた 老いびとが
 背でなきたるを 見るは悲しき

【靖国鎮魂】
この杜に ねむりしみたま やすけくは
 すめらみことの 万世のいのり

【天皇の被災地行幸】
大君の 被災地みゆき ありがたき
 かたじけなさに 心ふるえん

【被災地行幸】
ひざを折り 民と語れる 大君の
 おおみごころに なみだおとしむ
posted by office YM at 12:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月17日

短歌四首

(伊豆の山荘にて)
山荘の 木々も芽ぶきて 春装い
鳴くうぐいすの 声澄み渡る

(春浅き日に兄逝く)
法華堂 君が植えたる 桜木の
初花咲くを 見るはさびしき

(東京の桜 開花宣言)
靖国の そめいよしのの 初花が
咲きて都は 開花宣言

(傘寿)
老いたるや 八十路の坂の わが齢(よわい) 
父を越えたり 母をも越えんや
posted by office YM at 22:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

短歌十二首

(闘病一)
まなうらに 浮かびて消えぬ 逝きし友
病んで伏せたる しずけき夜半よ

(闘病二)
看護師の 脈をとる手の 温もりで
病みたる吾れの 心和(なご)みぬ

(傘寿)
老いたりて 迎える今朝(けさ)は 嬉しかり
明日も生きたし そのまたあすも

(浜千鳥)
夕凪の 波音(はおと)寂(しず)けき 伊豆の海
夕日に染まりて 浜千鳥舞う

(神田川 春)
水ゆるみ 瀬音やさしき 神田川
岸辺に青き 若草萌ゆる

(春)
庭前の 梅の梢に 花咲きて
うぐいす鳴くは のどかなりけり

(北国)
北国の 訛りはどこか あたたかき
吹雪きた夜に 囲炉裏かこんで

(追憶)
ふと想う 君と歩んだ ふるさとの
わすれなぐさの 咲きたる小道

(輪廻転生)
迎え火や 祖霊を迎えた 庭前に
輪廻転生 蝶の群舞ふ

(尊王)
尊王を あつく敬う わが想い
ただやみくもの 恋慕に似たり

(靖国)
靖国の 英霊称えん 鎮守の杜の
すめらみことの 大御の祈り

(祈り)
畏(かしこ)くも 民安かれと 祈る大君(きみ)
その御心が 国体なりや
posted by office YM at 03:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月11日

 短歌三首

冴えかえり 淡雪溶ける 庭前の
梅のこずえに 春は宿りぬ

愛(かな)しぶて なおも恋しき 絵島さま
生島の叫び 波間に聞こゆ
(絵島生島の悲恋/大奥の絵島は高遠、歌舞伎役者の生島は三宅島に流罪)
 
卒業の 記念写真の その笑顔
幾歳すぎても 君はマドンナ
posted by office YM at 02:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月15日

短歌集

すめらみこと

民のさち 国の弥栄 すめらぎが 
皇祖(かみ)に祈れる 葦原の国

民のさち 神に祈れる すめらぎを 
神にみたてて 永久の国体

すめらぎは 民の竈に 思い馳せ 
政事(まつり)の者は その威を畏る

人の世の 徳にはあらぬ すめらぎの 
貴きものは 万世の祈り

民のさち 祈るすめらぎ 二千年 
恋慕に似たり 君への思ひ

降る雪や 静寂厳 このやしろ 
高天原へ 白き神籬(ひもろび)

神々が 天地(あめつち)ひらき 尊らが 
国土をつくりし 葦原の国 

君が代の 君は我が君 いにしへは 
恋しきひとを さしても言へり

コスモスの 花絨毯や 武蔵陵 
すめらみことよ 千代に八千代に

君臣が 一つとなりて 栄えたる 
大和島根に 在わすよろこび

八十路なる この身ははてて 朽ちるとも
すめらみことよ 千代に八千代に

憂国

敷島の やまとおのこを 祀る杜 
すめらみことの こぬはかなしき

老いゆきて すめらみことの 退位をば 
しずかに聴くも ただただ寂ぶし

御國と 赤子(たみ)を思ふ 大御言 
君の御心 民に知らしむ

いにしえに みかどが在わせし 吉野山 
さくら競いて 儚き栄華

うたかたの うつしこの世を いかにせむ
すめらみことの 道は一すじ

戦犯と 呼ばれし七士の 隠れ墓 
訪なふ人の なきぞかなしき

竜aと 云う大丈夫が たずねきて 
われら語りぬ 国を憂いて

友在わす まほろばの里 たずねゆき
酒をぬくめて 譲位をかたる

四季と自然

いにしへの 人も詠みたる 梅の花 
咲きたる庭に 競う花なく

わが庵の いま盛りなり 梅の花 
春告ぐ鳥の 声と競えよ

武蔵野の 雲高き空 鳥帰る 
忘れるなかれ 雲の路筋

紅葉の 燃え焦がれたる 木連れ川
想い届けよ 獄窓の師に

紅白の 梅の小枝の いろづきて 
春告げ鳥の 鳴くを待ちわぶ

萌えいずる 水草の間を 流れ行く 
せせらぎの音 春の琴歌

さつき空 垣根の薔薇を 揺らす風 
この香をはこべ あの窓辺まで

わが庵の 梅は競いて 咲きたれど
春告鳥を 待ちてひさしき

かっこうの ひねもす鳴くや 木曽の道 
苔むすしるべ 君棲むところ 

神田川 水辺で遊ぶ 子等の背に 
よわきこもれび 秋はしのびぬ

せせらぎの 音をかき消す せみしぐれ 
神田川の 夏のおわりに

あかあかと 迎え火たきて 子等は待つ 
見えぬ祖霊に 手を合わせつつ

さむざむと たださむざむと さざれたつ 
湖面に浮かび 流れゆく月

一片(ひら)が 肩をたたきて 秋はゆく 
武蔵野宮の 木々もいろづき

子等遊ぶ 流れ優しき 神田川 
やんまが一尾 秋を告げ飛ぶ 

初雪や 上枝(ほつえ)で華と なりにけり 
水面さざれて 冬鳥遊ぶ

いにしえに 家康が汲みし 茶の水は 
いまもやさしく せおとをたてて

渓流の 漱に立つ泡の 消えゆくを 
しずかに見てり 秋あさき日に

こもれびを 背にして歩む 古き道 
いにしえ人の 足の音きこゆ

わが庭の 梢にとまりて ホロホロと 
山鳥なくを 聞くは侘しき

ホロホロと 山鳥なきて 武蔵野の
木々は彩づき 秋を装いぬ

秋なれや かなたこなたに 鈴虫のこえ 
長月の夜半 なぜか寂(しず)けき

君と往く なもなき小径は たのしかり
山鳥なきて(寂かに暮れる

いつくしき 武蔵野の空に ひとひらの
雲なかるるは のどかなりけり

むさしのの 空にたなびく 夕雲は 
あかねに染まり 寂かに暮れり

君と往く なもなき小径 たのしかり
山鳥なきて 寂かに暮れる

いつくしき 武蔵野の空に ひとひらの
雲なかるるは のどかなりけり

晩秋や 庭前の梢 色づきて
鰯雲うく 武蔵野の空

ふるさと

星霜を こえてけなげや ふるさとの 
荒れたる山は 芽吹き忘れぬ

老いてなほ まなうらに宿る ふるさとへ 
いま帰り来て なみだおとしむ

まなかいに うかぶ ふるさと 薄らぎて 
追憶の日々 慕いて かなし

寂ぶしきや 吾が身の内で ありひ人 
逝きてふるさと また遠くなり

ふるさとの 真砂の浜は かなしぶて 
すぎさりし日々 慕いて 恋し

たらちねの 母のつくりし ふきみそを 
真似たる夜半は なぜかわびしき

哀しぶて なほ恋しきや ふるさとを 
目を閉じて想う  夏の終わりに

海原の 彼方に在りし ふるさとに 
眠りし父母を 想うは哀し

吾れ俺と 訛りなつかし 竹芝の
待合室に ふるさとが在る

遠き空 その下にある 古里を
病みたる夜半は なほも恋しき

りんりんと 鈴虫なきて 寂けき夜
父母の眠れる ふる里想う

竹芝の 船着きのりばに 飛び交ひし 
こころに温し ふるさとなまり

吾が胸に 宿るふるさと あたたかき
父の和(なご)みと 母のぬくもり

想い

弁天へ かけたる願の かひもなく 
友は逝きたり 春を待たずに

此岸とは はかなきものと 身に沁むる 
逝きせし友を 偲ぶ夜半こそ

また一人 友去り逝きて わが齢
指折り数える 夜半無情(かなし)

神仏の いずこにありや 大津波
二万幾多の 命はかなし

荒魂の 残せる傷に たちむかふ
わが同胞の 心は一つ

ふるさとの 被災の苦難 のりこえて
東北球児 意気高らかに

まほろばの 熊野古道の けわしきを 
古(いにしえ)人と なりて歩むや

病む床の 窓をゆすぶる 虎落笛 
激しき北風(ならい)止むことしらず

窓をさす 月の光の やわらかき 
鳴く虫の声 冴えわたる夜半よ

この胸の いきどおるおもい いかにせむ 
怒涛となりて 天をつけ

スワンをば 踏みこぎ遊ぶ 親子あり 
子等の歓声(よろこび)聴くもたのしき

賽銭は 一紙半銭 願いは多く 
弁天様は 笑って見てる

いつの日か またあいみむと 別れたる 
友の訃報 聞くはかなしき

老いずきて うつしこの身を ひきづりて 
散りゆくさくら 見るも寂ぶしき

新島の 白き真砂の 砂浜に 
いとしきひとの名 書きてまた消す

旧き家に 縁者つどりて 親しみて
本家分家と 呼び合う温さ

りんりんと なる風鈴の 音を聞きて
逝きし吾が子を 偲びし夜半よ

老いずきて なほよき年をと 祈る吾れ 
百と八つの 鐘のまにまに

ちはやぶる 護国神社の 神々よ 
吾がおたけび 聞こえたまいしか

あがたなる 大人が開きし学び舎で
臣は集りてあつく語りぬ

煙り立つ 三原の山の そのふもと
六十路なかばで 君は眠りぬ
(都会議員 故川島忠一 古里に眠る)
 
さざれ波 海鳥遊ぶ 波浮港
君は眠れり 小高き丘に
(学生時代の友人、松下寧故里に眠る)

足腰の 弱りを愚痴る 君なれど
孫を背負えば たちまち健脚

蟻ん子の 背負いた重荷に くらぶれば
吾が煩悩の 凡下なるかも

煮しめをば 作れば聞こゆ 除夜の鐘
真似たる母の 味にとどかず

ほほえみて またあいみむと ちぎりたる
君の笑顔が 宿りて消えぬ

あきる野に 眠りし吾子の 墓標にも
青き苔むす 吾れも老いしか

posted by office YM at 12:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月04日

 師走3題 

 被災地の 人なき里に 紅葉燃ゆ

 東日本大震災の翌年、元参院議員の村上正邦先生らと被災地を巡った。
 そのときの印象が強烈で、いまでも、大津波の深い爪痕を残す被災地の光景が目に浮かぶ。
原発事故の避難区域までは、足をのばせなかったが、全町避難がつづく福島県浪江町小丸地区の高瀬川渓谷など、かつて、紅葉狩りでにぎわった阿武隈山地の景勝地では、今年も、紅葉がみごとだったという。
 避難区域へ住民がもどれるのは、いつのことになるのだろう。
 
 散り敷きて なほ舞い散りぬ 落葉山

 武蔵野の湧水池から流れ出して、都内を流れる川に、神田川、石神井川、善福寺川の三川がある。
 三川の源流になっている湧水池は、井の頭公園(神田川)、石神井公園(石神井川)、和田堀公園(善福寺川)と、それぞれ、木々がゆたかな公園になっている。
 秋には、紅葉が見られるが、わたしが散歩コースにしている井の頭公園や石神井公園は、都民に親しまれているモミジの隠れた名所で、わたしも、シーズンには、石神井公園まで足を運ぶ。
 紅葉山は、季語で、秋の山道も、落ち葉が舞い散る公園の道も、紅葉山である。
 落ち葉の道を歩き、見上げると、なお、空中で、落ち葉が舞っている。
 秋が、日々、深まってゆくのである。

 慶福を 祈る煩悩 除夜の鐘

 除夜の鐘は108回撞かれる。 
 この108回には諸説あって、人間の煩悩説から、一年間(十二月+二十四節+七十二候)の厄を払うという説、四苦八苦(4×9+8×9)を除くという説まであるが、わたしは、四苦八苦説をとって、毎年、来る年の慶福を祈る。
 108つのうち107回は、旧年のうちに撞き、残りの1回を新年に撞くという。
 107回までが除夜の鐘で、残りの1つが初夜の鐘(そやのかね)になるらしいが、俗説というひともいる。
 除夜は、水に流す文化でもあるだろう。
 新年は、新しい気持ちで迎えたいものである。
posted by office YM at 10:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月29日

 夏から秋へ簾(すだれ)三題

 せみしぐれ 警策の音 ちいさかり
 
 赤坂日枝神社の神殿裏の部屋で、毎週、有志と座禅を組んでいる。
 警策を打つのは、山岡鉄舟が、幕末・明治維新の国事に殉じた人々の菩提を弔うために建てた谷中の名刹、全生庵の和尚で、同寺は、歴代首相がかよった座禅の名門でもある。
 木々に囲まれた赤坂日枝神社は、夏の盛りになると、蝉時雨(せみしぐれ)につつまれる。
 肩に警策を打たれても、耳には、せみの声が響くばかりである。
 夏が去って、日枝神社の空が高くなったが、耳に、まだ、せみの声が残っているのである。

 一垂や 踊りてすぎる 夏嵐
 
 一垂の ゆれてほのかな 秋を知る

 一垂は、日よけのために吊るす簾(すだれ)の数え方で、ひとたれと読む。
 すだれは、竹やヨシなどを編んだ夏の風物詩で、昔は、どこの家にもあったが、最近は、あまり、みかけない。
 簾には、ちょっと、粋な風情があって、編んだヨシをとおして見えるひとのすがたは、どこか、なまめかしい。
 簾を躍らせて、過ぎていったのが、夏の嵐なら、いま、しずかに簾を揺らしているのは、秋の風である。
posted by office YM at 15:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月13日

春浅し三題

 ひだまりや 三寒四温 窓辺かな 

 今年は、冬の終わりから春先にかけて、寒のきびしい日とゆるんだ日が、交互にやってきた。
 寒い春という長期予報どおり、三寒は、冷え込み、四温といっても、春まだ遠しの感が深かった。
 それでも、窓辺のひだまりには、春の気配が漂っている。
 今年の冬は、いつもより、長かったような気がする。
 陽だまりで、その冬が去ったことを、ようやく、知るのである。

 散る花の しずけき音や 春浅し 

 今年は、盛りに雨が降ったこともあって、あらたまって、花見にでかけなかった。
 気づくと、いつのまにか、花が散りはじめている。
 しずけき音は、花を散らした、春にしては冷たい雨の音だったかもしれない。

 一片を 川面に浮かべて 花終わる

 一片と書いて、音読みは、ひとひらである。
 ひとひらは、小さく、はかないが、深く印象に残る何かである。
 ひとひらの雪、ひとひらの風、そして、一片の花弁は、移り変わる季節を雄弁に物語っている。
 水面に浮かんだひとひらの花弁に、時節の移り変わりを知ったのである。
posted by office YM at 21:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月06日

中秋三題

 名月を 湖面に浮かべ 独り酌む

 中秋の名月が、今年以降は、8年後の2021年まで、完全な満月にならないという。
 8年後といえば、次の東京オリンピックの翌年である。
 それまで、完全な満月を拝めないのなら、今年の中秋の名月が、わたしの人生の最後の中秋の満月になるやもしれぬ。
 そんな思いから、井の頭池の畔の料亭の一室を借りて、一人、月見の宴をもった。
 宴といっても、ささやかなものだが、小座敷の窓から井の頭池が望める。
 湖面に浮かぶ名月とは、井の頭池に移った中秋の満月のことである。
 漢詩風に流れたが、わが心境にぴったりで、他に言い回しが思いつかなかった。

 流れゆく 湖上の月や 秋深し

 流れゆくのは、井の頭池の水面に浮かぶ月影だけではない。
 何もかも、流れ行き、流れ去って、ふたたび、還ることがない。
 それが人生で、井伏鱒二の「さよならだけが人生さ」という詩の一節が頭にうかぶ。
 原典は、中国の五言絶句で、「花に嵐のたとえもある、人生は別離ばかりだ、せいぜい、この出会いを大事に、一献傾けよう」という意味合いである。
 秋には、盛りを過ぎる、終わりに向かう、時という意味がある。
 湖上に浮かぶ月に、流れゆくものの哀歓を思い重ねて、秋が深い。

 秋雨の 去りて夕べの そぞろ寒

 女心にたとえられるように、秋の空は、変わりやすい。
 朝、青い空が見えていたのに、午後から降りだすことも、その逆もある。
 秋雨は、梅雨のように長くつづかないが、熱帯性低気圧や台風と合体して、大雨をもたらすことがある。
 その秋雨が上がって、夕刻から、冷え込んできた。
 そぞろ寒いのそぞろは、漫ろで、うそ寒いのうそは、薄である。
 冬の本格的な寒さではなく、冷気をうっすらとかんじる程度である。
 カーディガンを羽織って、雨雲の去った秋の夜空を見上げたのである。
posted by office YM at 02:54| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月05日

 猛暑二題

 禅林や 命のかぎり せみ時雨
 今年の夏の暑さは、例年にないきびしさで、連日、35度超えの猛暑日がつづいた。
 フィリピン周辺の海水温度が上がったせいで、この辺りで低気圧が発生すると、その北側の太平洋で高気圧が発達する。
 この高気圧が、日本をすっぽり包んで、各地で、観測史上最高の猛暑となった。
 記録破りの集中豪雨や竜巻などの異常気象も、そのせいで、今年の夏は、荒魂が居座り、とおりすぎていった荒ぶる夏だった。
 だが、セミの声は、例年どおりで、都心でも、炎天下、セミの合唱がうるさいほどだった。
 事務所の近くに、豊川稲荷と江戸三大祭の一つ、山王祭がおこなわれる日枝神社がある。
 八月はお休みしたが、毎週、日枝神社の境内を借りて、村上正邦元参院議員や国会議員らと座禅を組んでいる。
 豊川稲荷は、豊川市の曹洞宗妙巌寺と所縁が深い禅林で、禅林は、禅宗の寺院のことである。
 曹洞宗と臨済宗大応派を一括して、叢林とも呼ばれる。
 無念無想の禅の寺院で、セミが、いのちのかぎり鳴いている。
 セミは、一週間のはかないいのちだが、その鳴き声は、8年間の土中生活を終えた最期の雄たけびで、子孫を残したあと、虫としては長い一生を終える。
 寺院の森のセミの声が、無念無想を突き破って、夏の空へ響きわたるのである。

 空蝉が 幹に踏ん張る 生き様や
 空蝉(うつせみ)は、古語の「現人(うつしおみ)」が訛ったもので、この世に生きている人間のことである。
 転じて、現世(うつそみ)で、生きている人間の世界をいう。
 空蝉ということばには、この世も、この世を生きる人間も、セミの一生のように空しいという諦観がにじんでいる。
 山路で、木の幹にしがみついている蝉を見つけた。
 小さな体から発せられるとは思えない大音量である。
 鳴くのは、オスで、メスを呼んでいる。
 一斉に鳴くのは、そのほうが、鳥などの捕獲動物から逃れて、生き残る可能性が高いからだという。
 蝉の一生は、はかないが、生のすさまじさが凝縮されている。
 この世を空しく思うのは、人間の諦観で、世界は、あらゆる生物が、いのちのかぎり、生の賛歌をうたっている。


 
posted by office YM at 09:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする