2009年04月15日

 花見とお国訛り

われもかも お国訛りの 花見酒

 郷土人が集まって、花見酒となった。
 花見、月見、雪見の酒は、なおらい(直会)で、戴くのは御神酒、自然の風物を前にした宴は、神事である。
 なかでも、花見は、桜が神木なので、いっそう、その観がつよい。
「さ」は古代のことばで「神=太陽」である。
 さち(神とともにある地)
 さき(神に出会える地)
 さま(神ととともにある)
 さかえ(神々が大勢いる)のほか――
「さあ」「さっさ」「さて」「さらに」の<さ>は、神霊感をあらわす音である。
 さくらは、神(さ)の座(くら)る所で、もともと、田の御神木だった(田神降憑坐座)という。
 桜が咲くと、水が温み、田打ちや籾蒔きがはじまる。
 田の神様が、桜の木に花を咲かせて、その時期を知らせる。
 神様のおかげで、秋には米が収穫でき、その米で酒がつくられる。
 豊かに稔った米を酒に醸して、神に供える。
 その御神酒をいただくのが、直会で、これが、宴会のはじまりである。
 直会は、神事にくわわった一同(仲間内)で御神酒を酌み交わし、一緒に供え物を食する神事(共飲共食)で、神霊とのむすびつきをつよめることで、神霊の力を分けてもらい、加護をたのむ。 
 酒が「固めの盃」として、人々の結束をつよめるのも、神のちからが介在するからである。
 その花見の宴から、同郷人のお国訛りが聞こえてくる。
 気がつくと、じぶんも、お国訛りになっている。
 
 今年の桜は、風や雨にたたられることなく、例年より、花が長持ちしたようである。

 屋根を葺く 人の訛りを なつかしみ  

 屋根を葺く職人さんたちの声が、窓から、聞こえてくる。
 東京弁ではなく、お国訛りだ。
 語尾に「ずら」をつけるのは、長野や山梨、静岡の方言である。
 わたしの出身地、三宅島の伊豆七島にも「ずら」弁が残っている。
 伊豆七島は、行政区こそ東京だが、伊豆の名称が残っているとおり、文化圏は駿河の国で、ことば遣いも、現在の静岡に近い。
 伊豆の遠島には、都の謀反人や罪人が配流されてきたので、都ことばも残っている。
 伊豆の「かわいやのう」は、恋しい、会ってうれしい、という京のことばである。
 方言には、地域内のもののほか、時代のものもある。
「ずら」が、長野や山梨、静岡など広域にわたっているのは、地域内の方言ではなく、時代の方言だからである。
 そうずら、こうずら、ああずらという「ずら」の語源は「つらむ」という推量の助動詞である。
 古代のひとは「そうずら」ではなく「そうつらむ」といったのである。
 だら、ら、べ、も「ずら」と同様、推量の助動詞である。
 だら、ら、は「だろう」で、べ(や)は「べし」である。 
 
 ・明日は雨ずら
 ・明日は雨だら
 ・明日、雨降るら
 ・明日、雨降るべや
 
 上の四つは、同じ意味である。
 地方によって、推量の助動詞の変化形が異なって、方言となったのである。
 東北、北海道の「べ(や)」も、元の形にもどすと――
 明日には 雨の降るべし 雲の色 
 
 長野や山梨、静岡のずらことばも――
 明日には 雨降りつらむ 雲の色
 
 となって、とたんに、古風な大和ことばになるのである。

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2009年04月07日

桜の花と花見

 吾が庵の 枝垂れ桜や 日傾ぶ

 枝垂桜(シダレザクラ)は、花弁をつけた枝が長く、やわらかいので、若い娘の振袖のように、あでやかに垂れて、咲く。
 枝がしだれている様子を見ると、一見、咲き賑わう花の重さのせいかと思う。
 その枝が風になびくと、木の花にはない風情なので、どきりとするほど、風趣がある。
 非日常的な美しさである
 本来、枝は、空にむかうが、枝垂桜の枝は、重力にさからわない。
 地面にむかって枝垂れて、ちょうど、半開きの傘のように見える。
 枝の傘が、春になると、花の傘に、うまれかわる。
 その華麗な変身ぶりに、毎春、感嘆するのである。

 のどけさや 枝垂れて 競う桜かな

 枝垂桜は、派手な咲きっぷりではない。
 咲き誇るのではなく、ただ、黙って咲いているので、見飽きない。
 艶やかなのに、長閑(のどか)なのである。
 そばで咲いているソメイヨシノは、どこか、りんとしている。
 本居宣長が、大和心にたとえて、こよなく桜花を愛したのは、そのりんとしたすがたであったろう。
 どちらがどちら、ということはないが、わたしは、枝垂れのほうへ目がゆく。
 枝垂れののどけさが、しっくりくるのである。

 咲き競い ともに散るのか 花の風

 桜は、一夜で咲き散ってゆく、その散り際が潔く、美しい。
 とはいえ、花弁が風にのって、粉雪のように空を舞うすがたには、一抹のさびしさがある。
 花風は、咲き競った桜花の愛惜で、別れを惜しむ風である。
 桜は、咲きながら散り、散りながら咲いている。
 桜には、そういうところもあって、散り咲く桜も美しい。
 庭の桜は、老木だが、毎年、若々しい新芽をつける。
 桜にとって、時間は、過ぎ去ってゆくものではなく、散っては咲き、咲いては散る、循環する輪なのである。
 
 風去りて 花絨毯や 夢のあと

 散った桜の花弁が、庭一面に、散り花絨毯をつくりだす。
 桜散り、ふむにふめない花絨毯も、いつのまにか消えて、梅雨がきて、蝉の声が聞こえる季節になる。
 桜の春には、他の季節にはない、淡い夢のようなところがある。
 青春や思春ということばも、春の夢の一つであろう。
 春の夢の象徴が、桜が散ったあとの花絨毯である。
 散った花弁は、やがて消え、他の植物の栄養になってゆく。

 春なれや 鳥も浮き寝の 水面照る

 春なれや、というのは、うらあたたかい春だからだろうか、という意味である。
 水鳥が、水にうかび、くちばしを羽に折りこんで、眠っている。
 ながめて、春だからなあ、と微笑む。
 池の周りへ目をやると、立ち並んだ桜が、一斉に満開で、見物客がそぞろ歩きしながら、枝を見上げている。
 その賑わいも、そんなことにはお構いなしの水鳥の浮き根も、春の景色である。
 そのコントラストが、おかしいのである。

 飲食(インジキ)で はじまり終はる 花見かな

 花より団子、ということばがある。
 花見に行って、花より団子のほうが気にかかる食いしん坊を冷やかしたことばだが、その背景に、神道の「神人共食」という思想がある。
 日本人にとって、食べることは、神事につながっている。
 盆暮れ、正月、彼岸や祭り、節句や花見で、日本人は、まず食べる。
 日本の庶民レベルの食文化が、中世以前から、世界一だったのは、そのせいで、神々に食物を捧げ、共に食べることによって、日本人は、神々とともにあろうとしたのである。
 このとき、貧しいひとも富むひとも、同じ座で、同じものを共食する。
 貧しいひとと食べ物を分け合い、かれらが、神前の食べ物を失敬しても、見てみぬふりをした。
 わたしは、花見の宴の飲食に、日本人の心のゆたかさをみるのである。

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2009年03月26日

 春は名のみの風の寒さや

 雪形を 残す山辺で 握り飯
 
 暖冬か、それとも、地球温暖化か。
 桜前線の北上が、例年より、はやいようだ。
 といっても、山間部は、まだ冬が残っている。
 雪形は、野辺の残雪で、草花が、春を待ちきれない風情で、芽吹きを急ぐ。

 われもまた 雪の下なり 蕗のとう
 
 雪形を残す春山辺に芽吹くのが土筆やたんぽぽなら、蕗のとうは、雪の下で春を待つ。

 蕗のとう まだ来ぬ春の ほろにがき

 土筆もタンポポの新芽も食用で、雪をもたげて咲く蕗のとうは、りっぱな野菜である。
 さっとゆでて茹でて細かく刻み、味噌とあえただけで、ご飯にも酒にも合う。
 あのほろ苦さは、雪の下で、寒さをこらえた我慢の味であろうか。
 春は名のみの風の寒さや。今日もきのうも雪の空。
 早春賦は、春の歌ではなく、我慢して、春を待つ歌である。

 名残り雪 いっそうしずかや 野や山は

 雪形がとけずに残った冬の雪なら、春がまぢかの淡雪が、名残り雪である。
 地面に残る残雪も、空から舞い落ちる淡雪も、山辺では、春まだ遠しの感が深い。
 新芽にふりかかる雪は、きびしいが、もうすこしの我慢である。

 初音聞き 枯れ山色の にじみたる

 その年の初めての鶯やほととぎすの鳴き声が、初音である。
 鳥の声が木々をわたってきても、あいにく、山は冬の景色で、寒さが身にしみる。

 春田打ち 富士の裾野の 淡き雲
 
 冬の名残りが雪形なら、春の富士山ほど、絵になる雪形はないだろう。
 富士山を描いて、頂上付近の雪形を忘れると、富士山とはいえない。
 その山頂雪形が、春田打ちの頃、いちばん美しい。

 水温み 土匂う日の 田打ちかな

 田打ちは、春の初め、耕作しやすくするため、田をうちかえすことで、土が生き返る。
 現在は、トラクターだが、昔は、牛や馬を使っていた。
 水が温み、きびしさが消えた風にのって、土の香が、ただよってくる。
 目に桜、耳にうぐいす、鼻腔に土の香、日本人は、春を敏感にかんじる民族なのである。
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2009年03月17日

 海の風景と海洋国家

 冬怒涛 砕け散りなほ 岩座る 

 生家が、三宅島の網元だったので、海を見て育った。
 そのせいか、子どもの頃から「日本は海洋国家」という感覚があった。
 大化の改新のあとの防人、遣唐使・遣隋使と国風文化、平安鎌倉の日宋貿易、室町の日明貿易、二度の元寇、種子島の鉄砲伝来、キリシタン文明と鎖国、長崎の出島、黒船の来航、明治維新と岩倉具視のヨーロッパ使節団、鹿鳴館文化、日清・日露戦争、日中・日米戦争、戦後の日米安保条約と、海洋をめぐる出来事を抜きにして、日本の文化や歴史を語ることができない。
 第二次大戦前、赤道以北、日付変更線以東の太平洋の島々は、グァム島を例外(米領)として、すべて、日本の領土(委任統治領)だった。
 海をふくめた領地面積の広さでは、世界一の大海洋国家だったのである。
 だが、日本は、支那という大陸へ深入りして、進路を誤る。
 海洋国の背骨をつらぬきとおしておけば、日本の近現代史は、まったくちがったものになっていたかもしれない。
 海は、開放的で、ロマンをかきたてる。
 一方、内陸は、文化をつくりあげてゆく精神の厚みがある。
 海洋型と内陸型――両者のあいだには、前者が先取・交易的、後者が育成・自給自足的という大きなちがいがある。
 日本は、海洋国家でありながら、鎖国という内陸型の政策をとって、海外からとりいれた文物をじっくり国風につくりかえ、特有の文明をつくりだした。
 日本文化は、海のロマンと内陸の文化性が、融合したところにあるように思う。
 さて、先の句である。
 風の強い冬の日、島の磯にうちつける波の荒々しさはたとえようもない。
 衝突して白く泡立った大波が、立ち上がって、大岩をのみこむ。
 だが、波が引くと、その大岩が、何事もなかったように、黒々としたすがたをあらわす。
 その磯の光景が、いまも、目に焼きついている。
 冬がすぎると、大波の日はあまりなくなって、波は、沖で白く崩れる。
 そこかたちがウサギに似ているので、漁師は、ウサギが跳ねていると表現する。
 春の海は、さざれる波に陽がそそいで、のどかだ。
 
 春の海 沖つ白波 さざれかな 

 春は椿の季節で、椿には海が似合う。
 三宅も伊豆も、椿の庭から、海が見える。
 
 椿咲き 波さざれたり 伊豆の海 

 最近、若いひとから椿の花言葉が「控えめな愛」と聞いた。
 新自由主義など、海の向こうの思想にとびついて、日本古来の和の精神をふみにじるのは、とても、控えめな愛とはいえない。
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2009年02月20日

 冬の寒さを詠う

 三寒や 明日は四温か 茜雲

 四季のある日本では、花見や月見、雪見という、季節の風物詩がある。
 暖をとる、涼をとるというのも一つの風流で、冬の寒さや夏の暑さが、句趣になっている。
「暑さ寒さも彼岸まで」という慣用句も、発句はないが、俳句である。
 寒さ、暑さだけで、移り変わる季節の機微をうたっているのである。
 三寒四温は気象用語で、冬の中国北部は、寒暖が、三〜四日ごとの間隔でくり返される。
 だが、日本で、三寒四温といえば、冬の季語で、温が一つ、寒を上回っているぶん、春の気配をかんじさせる。
 季節は、本来、冬と夏だけで、春と秋は、その通過点という見方もある。
 だから、春や秋の気候は、荒れやすく、温度差も大きい。
 冬や夏は、比較的、天候が安定しているが、冬には季節風(北風)が吹く。

 凍空や かじかむ両手に 白き息
 凍空に 被りてぬくし 頬被り


 夜中のウオーキングも、厳冬は、首に巻いたマフラーで頬被り、というだらしなさである。
 寒い夜は、人恋しいもので、訪ねてきた旧友と、昔話に花を咲かせる。

 寒き夜 鰭酒交わす 友と居り

 寒ければ寒いで、過ぎし方があるもので、寒い夜、久々に会う友人と酌み交わす酒の味は、格別である。
 三寒は北風だが、四温は、その北風がおさまって、幾分、あたたかい。
 夕焼けは、天気が好転する兆しなので、茜雲を見上げて、明日からいよいよ四温かと思う。
 三寒四温がくり返されて、すこしずつ、春に近づいてゆくのである。
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2009年02月18日

 俳句と川柳のちがいについて

 鳴きわめき やつれて帰る 猫の恋

 庭へ迷いこみ、いつのまにか住みついた猫が、数日間、行方不明になって、いましがた、わが家に帰ってきた。
 がつがつとペットフードを食べるすがたを見て、すこし、やつれたように思う。
 毛があちこちむしられて、顔に小さな傷もある。
 恋敵と争ってきたのは明らかで、朝方、ギャーギャー鳴いていたのは、さてはおまえだなとあやしむ。
 川柳も俳句も<五・七・五>の韻だが、川柳には、季語がなくてもいい。
 俳句は文語で、川柳は口語、というちがいのほか、川柳は「けり」や「なり」などの<切れ字>を使わない。
 俳句は「詠む」、川柳は「吐く」「ものす」で、俳句が季節や自然を詠むのにたいして、川柳は、おもに、出来事や人情、生活の機微などをものす。
 川柳には「うがち」「かるみ」「おかしみ」という三要素があって、うがった視線と軽快さが、おかしさを誘うものでなければならない。
 考えようによっては、俳句よりむずかしい。
 といっても、ふだんの生活やことば遣いからふいとでてくるもので、季語などにとらわれない分、身近である。

 たらればと 愚痴も楽しき ゴルフかな
 たらればを 重ねてきたる わがゴルフ


 ゴルフは「たられば」の連続で、それがなければ、楽しくない。
 わがゴルフも、何十年も「たられば」だけでやってきたようなもので、うがってみると、おかしくなる。
 川柳が、感想句とちがうのは、ちょっと意地悪な視点がもちこまれることで、冒頭の猫の句も、やつれた猫と若いときのじぶんが、二重写しになっている。
 若いときはやんちゃで、向う傷も平気だったが、いまのじぶんは、そのやんちゃが影をひそめている。
 やんちゃな若い猫を見て「おまえもよくやるよ」とものすわたしの顔にうかんでいるのは、ニガ笑いで、その軽さが、川柳風ということであろうか。


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2009年02月12日

 冬木立と待ち遠しき春

 黄落や 散り敷き積みて 冬木立

 冬木立は、落葉した冬枯れの木立のことで、冬の季語である。
 上の句は、冬木立でも、冬の山でもよいが、あえて、冬木立とした。
 寒々しい冬山の風情だが、山の木立は、冬木立だけではなく、季節の微妙な移り変わりをうつしだす。
 秋は、紅葉や黄葉、落葉や黄落で、冬は冬木立。
 春は芽吹きで、夏は、万緑といったところであろうか。
 山歩きといっても、わたしが歩くのは、郊外の散歩コースだが、木立の山は、都会とは別世界である。
 様々な植物や昆虫が生息している林には、生命の息吹が、みなぎっている。
 山も、一年をつうじて、一つの生命体のように変化する。
 万緑の夏から紅葉と落葉の秋、冬枯れから、春の芽吹きと、がらりと表情をかえるのである。
 黄落は、木の葉が黄ばんで落ちることで、秋の風情である。

 舞う姿 蝶にも似たる 散紅葉

 紅葉も黄葉も、読みはもみじだが、紅葉はカエデ、黄葉はイチョウであろうか。
 舞い落ちるすがたは、蝶のようだが、晩秋には、さかんに落下してくる。
 そして、冬には、散り敷き積もって、霜枯れの山全体を覆う。
 立春が近づくと、木々が一斉に小さな芽をつける。

 早春や まだ芽吹かぬか 冬木立

 この早春は、時期的にはまだ冬だが、木々は、もはや、冬枯れではない。

 冬木立 やがて芽吹きて 山笑う
 冬木立 芽吹きて里の 水温む


 山笑うも水温むも、春の季語で、一句に二種の季語はタブーだが、冬から春へむかってゆく勢いをあらわすため、並べてみた。
 今年の冬は、百年に一度の不景気とあって、ひときわ、きびしくかんじられた。
 冬木立が芽吹いて、葉や花をつける春が、待ち遠しい。
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2009年02月09日

 旧正月二題と雑感

 春節や 中華の街は 小宇宙

 旧正月(旧正)は春の季語だが、日本では、新暦で正月を祝う。
 季節感やイメージは、豆まきの節分が近く、旧正月は、縁遠い。
 それだけに、毎年、横浜中華街でおこなわれる旧正のお祭りが、別世界の出来事のように見える。
 爆竹が鳴り響くなか、中国獅子舞や中国雑技団、京劇俳優らの祝舞パレードが、イルミネーションやキャンドルで飾られた町をうね歩く。
 別世界というより、華僑たちの小宇宙を見る思いである。
 中国政府は、世界に散った華僑の総数が4800万人と発表した。
 大半が、アジアで、中国人町をつくって、小宇宙を形成している。
 横浜中華街もその一つで、旧正のお祭りは、かれら血族の祝いである。
 かつて、華僑は、本国へ外貨を送金して中国経済をささえた。
 現在も、躍進する中国経済の先兵で、資金や情報、技術、国際社会とのコネクションづくりなどの担い手となっている。
 前世紀、英米経済が世界を征服できたのは、国際ネットワークをもったユダヤ資本がバックについていたからだが、現在の華僑も、同じような役割をはたしている。
 外に散った華僑は、同胞愛でむすびあって、祖国に忠誠をつくす。
 一方、日本人は、内に閉じこもって、いがみあい、反日主義を叫んでいる。
 国際人は、どの国でも愛国者だが、日本人の場合、外国かぶれで、多くが反日主義的だ。
 どの国でも、政治家になる動機は、国につくすためだが、政治家を志す日本人の多くは、国と対決するためである。
 日本人も、いちど外へでて、血の結束を体験すれば、村山談話や自虐史観などというものが、いかにくだらないものか、よくわかるのではないか。
 反日思想の根っこは、マルクス主義や人権思想など、すべて、西洋の価値観で、かれらは、例外なく、大学で欧米人のテキストを学んだ高学歴者である。
 日本から一歩もでたことがない、内弁慶の西洋かぶれなのである。

 旧正や また出逢いたり 獅子の舞い

 旧正のパレードをねり歩く獅子舞は、獅子ではなく、龍である。
 顔は獅子だが、胴が長く、何人もの男たちが胴を棒でささえ、上げたり下げたりするので、龍が身をうねらせているように見える。
 そのすがたを見て、前にお目にかかったのはいつだったか、と思う。
 フィリピンでも、中国人町は、旧正月が賑やかで、界隈は車が渋滞するほどである。
 栄えているのは、華僑社会ばかりで、フィリピンに、なかなか、春はめぐってこない。
 ベトナムやタイ、インドネシアでも、華僑が経済の実態を握り、中国がアジアに進出する露払い役をやっている。
 日本が、アジア進出に立ち遅れているのは、中国に遠慮する外務省のせいばかりではない。70年前の戦争謝罪ばかりに熱心で、力を合わせて共に発展しようという前向きの精神を忘れているからである。
 西尾幹二氏が「諸君!」誌で、歴史の連続性を見ず、一時代を切り取って、侵略戦争を語る愚を痛烈に批判している。
 次回の衆院選で、日本の戦争犯罪をいいつのる菅直人、日本が大きらいな岡田克也らの民主党が、政権をとるだろう。
 日本という民族の小宇宙が空中分解しやしないかと、そればかりが、気がかりなのである。

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2009年02月02日

 冬空寒し――二題

 石仏を 照らして寒し 冬北斗
 
 日本人は、世界一、感性がゆたかな民族といわれる。
 自然や季節の変化、生活や出来事を、感性という理屈をこえたものをとおして、とらえてきたからであろう。
 理性がおもんじられる西洋では、感性が、一段、下のものにみられる。
 理屈で割り切って、合理の外にあるものを排除するのが、西洋文明のやり方で、二一世紀になって、日本をふくめた西洋文化圏が傾きはじめてきたのは、そのこととけっして無縁ではないだろう。
 松尾芭蕉は「わび・さび」(閑寂)のほか「しほり」(哀憐)や「細み」(幽玄)「軽み」(滞らない)などを重くみた。
 喜怒哀楽のように激しくなく、派手でも明るくもないが、閑寂や哀憐、幽玄や洒脱も感性の一つで、そこから、日本人の情というものにつながってゆく。
 情は、むしろ、暗いところでつながる。
 つらいとき、さびしいときにつながるのが情けで、はしゃぎ、もりあがるのが最大の善になっている現代の風潮では、人間は、かえって、孤独になる。
 テレビを見ると、ばかふざけばかりで、一方、ニュースでは、孤独とエゴイズムのはての犯罪のオンパレードである。
 日本人が西洋人化して、閑寂や哀憐、幽玄や洒脱という伝統的文化を失い、獣化してしまったように思えてならない。
 
 日本の冬は、乾季なので、空が澄んでいる。
 関東でも、ちょっと足をのばして山岳地へはいると、冬は、星空が美しい。
 月も煌々としている。
 秋の月が名月といわれるのは、夏の湿気が去った夜空に、月がくっきり見えてくるからである。

 名月や 湖上に浮かびて 秋を告ぐ

 冬はなおさらで、凍てつく夜空に、月が冴え冴えとしている。

 寒泉に 浮かびて寒し 冬の月

 冬の夜、石仏がおかれている道端から夜空に目をやると、北斗七星が光っている。
 星座の形がおもしろいのではない。
 星々の永遠の相に心をひかれるのである。
 日本人は、さびしさや孤独のなかに永遠や自然をみて、心をうごかす。
 それが、日本人の感性で、日本人は、昔から、永遠や自然から断たれることを何よりおそれてきた。
 ところが、現在、ケータイやテレビ文化に浸っている日本人は、孤立や孤独、世間にのりおくれることばかりをおそれ、永遠や自然などには、あまり関心をむけない。
 ひっきりなしのお喋りやいっときのもりあがりは、即物的なもので、情も感性もはたらかない。
 最近の日本人に情がなくなったのは、もりあがることばかりに気をむけて、暗いほうを見なくなったからではないだろうか。
 明るいところには、いっときの快楽以外、何もない。 
 自然や永遠の相が断たれた、明るくて便利な人工空間と、少数の友人のほかには何もないさびしい大自然のどちらかをえらべといわれれば、わたしは、後者を選択する。
 自然は、人間を孤独にさせる。
 人間を甘やかせもせず、享楽的でもない。
 だが、それが人生で、テレビやパーティ、お喋りのなかに人生があるわけではない。 
 きびしい自然や孤独につきあうため、日本人は、時間をかけて、閑寂や哀憐、幽玄や洒脱という感情を身につけたのである。
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2009年01月26日

もののあはれと物哀れ

 胡弓の音 やがて哀しき 風の盆

 胡弓は、三味線に似た三弦の擦弦楽器で、日本固有の楽器である。
 哀愁にみちた音色で、富山八尾町「おわら風の盆」の代名詞になっている。
 風の盆は、越中おわら節にのせて、揃いの浴衣に編み笠の男女が練り踊る祭りで、このとき、三味線や太鼓といっしょに胡弓がもちいられる。
 越中おわらは、佐渡おけさなどと同様、古い民謡で、日本には、各地に固有の民謡や踊り、楽器などの伝統芸能がいまに残っている。
 豊作の祈りやよろこび、男女の愛、出稼ぎの苦しさと帰還の歓喜など、民衆の悲喜こもごもがこもっているのが、日本の民謡で、明るさと力強さのなかに哀感もただよう。
 風の盆の胡弓は、民謡の哀感を表現する楽器で、祭りを見物して、宿に帰ったあとも、耳に残っている。
 日本人特有の感性に「物哀れ」がある。
 可哀相(かわいそう)という心のうごきである。
 本居宣長は、古事記の「もののあはれ(安波礼)」と源氏物語の「物哀れ」を区別して、前者をますらを(男)ぶり、後者をたをやめ(女)ぶりといっている。
 かわいそうというのは、たをやめぶりだが、女のものとはかぎらない。
 武士の情、惻隠の情、やさしさや和の心も、たをやめぶりである。
 外国人は、日本人の「物哀れ」を理解できない。
 ユーラシア大陸の数千年は、殺すか殺されるかの歴史だったので「物哀れ」という感性が育たなかったのである。
 十字軍の遠征から大航海時代の侵略、三国志からモンゴル帝国をみても、あるのは、覇権の美学で、それも一皮むけば、残酷史である。
 物哀れという、日本人の感性がうまれたのは、天皇制度からである。
 天皇が民の苦しみにたいして抱く心が「可哀相」で、この大御心が、民にまでひろがって、日本に、日本独特の「かわいそう」という国民的感性がうまれたのである。
 日本に奴隷がいなかったわけではない。
 織田信長は、越中の一向一揆でジェノサイドをおこなって、数万の民を奴隷として連れ帰っている。
 だが、かれらは、たちまち、民へ同化して、奴隷ではなくなった。
 日本は、そういう国なのである。
 左翼学者は、日本兵が、戦時中、南京で、二十万人市民を三十万人殺し、女や子どもを生きたまま縛って川に流したと主張する。
 遺体が存在しないのは、日本軍が魔法を使ったからではない。
 そういう事実は、なかったからである。
 歴史的実証は、だしつくされているので、くり返さないが、かわいそうという感性をもっている日本人は、中国人や左翼学者が空想するような虐殺など、できない。
 元寇のとき、蒙古軍は、対馬・壱岐でとらえた民を船べりにぶら下げて、本土に迫ったという。戦意を喪失させようという作戦だったのだろうが、これを見た日本軍は、かえって、徹底抗戦の意志を固めて、勇猛にたたかった。
 防人は、元寇の体験がもとになっている。
 万葉集に「防人のうた」が数多く残されている。
 どれも、故郷や妻子に思いを馳せる、たをやめぶりである。
 特攻隊も、最後に、お母さんとつぶやいて、散華したという。
 だからといって、たをやめぶりが、弱々しいかといえば、そうではない。
 元寇でも、過去の世界戦争でも、日本兵は、勇猛にたたかった。
 モンゴル帝国が支配できなかったのは、日本だけで、近代になっても、日本はロシアに勝ち、アメリカと全ヨーロッパを相手に五分に渡り合った。
 日本は、先の大戦前、国際連盟に「人種差別撤廃」を提唱、退けられている。
 そののち、アジアの白人支配にたいして、立ち上がった。
 かわそうというたをやめぶりは、一転して、勇猛果敢となる。
 それが、日本のつよさである。
 小泉元首相は「人生いろいろ」と弱者を切り捨て、大企業は、情容赦なく従業員のクビを切って、平然としている。
 日本は、かわいそうという感性を失って、アメリカのような弱肉強食の世界へつきすすんでいるのである。
 だが、それは、現在、アメリカが直面しているような、滅びの道である。
 力と合理主義、効率主義だけで、どうして、人間社会がなりたつだろうか。
 つよさに、かわいそうという惻隠の情がともなって、本当のつよさである。
 おわら風の盆に、どういう由来があるのか、よく知らない。
 だが、耳に残っている哀しい胡弓の音が、すべてを語っているような気がする。
 おわら風の盆へ、毎年、30万人の日本人が訪れる。
 日本人は、やはり、日本人なのである。
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2009年01月20日

 日本人の生活感情と俳句

 冬の陽に 猫と添い寝の 日向ぼっこ

 わたしが俳句をはじめたとき、頭にあったのが、小林一茶の句だった。
 
 すずめの子 そこのけそこのけ お馬が通る
 われと来て 遊べや親の ないすずめ
 名月を とってくれろと 泣く子かな
 やせ蛙 負けるな一茶 これにあり
 やれ打つな はえが手をする 足をする
 雪とけて 村一ぱいの 子どもかな


 なんともわかりやすい、いかにも一茶らしい句である。
 一茶の句のよさは、心のうごきをそのまま詠んだところにあるように思う。
 本居宣長は、物に触れてうごく心を、もののあはれといい、それが、日本人の感性だといった。
 もののあはれのあはれは、哀れではない
 漢字では安波礼で、物の風情、芭蕉のことばでは、ワビ・サビにあたる。
 松尾芭蕉の句もわかりよい。
 
 古池や 蛙とびこむ 水の音
 秋深き 隣は何を する人ぞ
 荒海や 佐渡に横とう 天の川
 夏草や つわものどもが 夢の跡
 五月雨を 集めてはやし 最上川
 閑かさや 岩にしみ入る 蝉の声
 名月や 池をめぐりて 夜もすがら


 ひねりが利いているが、一茶の句と同様、心のうごきがそのままつたわってくる。
 
 朝顔に つるべとられて もらい水(加賀千代)
 梅一輪 一輪ほどの あたたかさ(服部嵐雪)
 柿くえば 鐘がなるなり 法隆寺(正岡子規)


 よく知られている日本の名句も、心のうごきを詠んだものが多い。
 その心も、高尚な文芸のものではなく、平凡な生活感情で、日本人のだれもがもっている民族特有の感性である。
 心のうごきに、上手下手はない。円熟や稚拙があったとしても、それを優劣で語るのは、どうかと思う。
 生活感情や日々の心のうごきは、種々雑多で千差万別、目をむけるべきは、良し悪しではなく、変化のゆたかさであろう。
 ところが、雑誌などの俳壇をみると、素朴な心のうごきを詠んだものが、ほとんどない。
 心のうごきより、価値観や批判、判断などの観念が先にきてがれもが、感性のするどさを自慢している。
 しかも、入選作、秀句ほど、意味がよくわからない。
 読むべきひとが読めば、よくわかるのだろうが、専門的に勉強したことがないわたしには、むずかしい。
 俳句をやったことがないひとが、こんな難解な句をみて、じぶんもやってみようと思うだろうか。
 庶民の文化だった俳句が、専門家のものになり、技巧を競うようになればなるほど、俳句が、日本人の手から離れていってしまうような気がする。

 庭に迷いこんできた猫が、いつのまにか、わが家の一員になって、わがもの顔にふるまっている。
 その猫が、日が差しこんでいる部屋の片隅で、寝そべっている。
 冬の陽は、弱々しい。それでも、猫は、その日射しに体をあてている。
 猫が眠っている顔は、無心で、いいものである。
 ごろりと横になって、猫の寝顔をながめているうち、うとうととする。
 冬の日差しも、案外、あたたかく、猫と一緒に、居眠り半分の日向ぼっこなのである。
 こういうのんきな気分は、やはり、俳句のもので、だからわたしは、一茶がすきなのである。
 
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2009年01月19日

 時間の流れと季節感、自然のハーモニー

 背の高き 影を歩みし 冬至かな

 四季の移り変わりから切り離して、日本の自然を考えることは、できない。
 時間の流れとともにあるのが、日本の自然で、自然を詠う俳句に、季語があるのは、そのせいである。
 風物も、自然と同様、移り変わる季節や時間の流れが反映されて、風情や情緒をかもしだす。
 十二月二十二日前後の、日没までにまだ時間がある昼下がり、枯葉の道に落ちているじぶんの影が、ひょろりと長いのに気づく。
 まだ、空が明るいので、ちょっと、ふしぎなかんじがする。
 六か月前の夏至から盛夏にかけて、汗を拭いながら、同じ時間、同じ散歩道を歩いたときには、じぶんの影が、足元に落ちていた。
 こういう、流れてゆく時間感覚や季節感の変化も、日本では、一つの詩情なのである。

 ひぐらしの 声衰えて 夏去りぬ
 秋暮れや 七つ半で とばりおり
 

 日が長かった夏が終わると、秋の日はつるべ落としで、夕方には、空が暮れかかる。
 そして、冬になると――

 囲炉裏端 夜なべはかどる 夜長かな
 老眼鏡 鼻先にかけ 冬灯火


 という具合で、天体や自然、風物の変化とともに、季節は、夏から秋、冬から春へと移りかわってゆく。

 凍て蝶や 軒下借りて 春を待つ 

 庭の木を手入れしているとき、軒下で、じっとしている蝶をみつけた。
 凍て蝶は、冬の季語だが、ひっそり、春を待っている風情がある。
 時の流れや自然は、点描によって、いっそう、鮮明にあらわれる。
 季語がその代表だが、目に映った一瞬の印象も、句趣、うたの風情である。

 冬怒涛 寄せくる波頭 空を舞ひ 
 古寺や 氷雨に耐えて 冬紅葉
 

 理屈も技法もない。ただ、目に映って、印象に刻まれた自然や風物である。
 それでも、一つの情緒をかもしだすのが、日本の詩情、ことばの文化である。
 西洋の自然は、神の創造物なので、時間の流れから切り離されている。
 自然が単体のモノとして存在しているので、西洋の自然観には、花見や月見、雪見などの風情に欠けるのである。
 日本人にとって、四季の訪れは、あたりまえの出来事である。
 だが、四季は、緯度だけで約束されるものではない。
 日本の美しい四季は、地形や地勢、海洋や季節風など、多くの要素がかさなった結果で、このような恵まれた環境は、世界に類がない。
 日本人のゆたかな情緒は、美しい自然にくわえて、四季という時間の流れによって、育まれてきたのである。
 次回は、日本人の生活感情と俳句について、のべたい。
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2009年01月06日

 あえて凡句を書き綴る

 コンビニの 弁当や 鮭の薄きこと

 うた(俳句・短歌)は、情緒や風情の反映で、創作とはちがう。
 一つの世界にとけこんだとき、思わずわいてくるなさけが、うたで、上手も下手もない。
 ひとの情には、上下がないので、うたもまた、いろいろあって、よいのである。
 真情があれば、うたに巧拙や優劣はないと、本居宣長は、言い切っている。

 敷島の 大和心を 人とはば 朝日に匂ふ 山桜花 

 宣長の和歌(短歌)で、わたしがいちばんすきなのが、これである。
 だが、専門家によると、宣長には、駄作も多いという。
 といっても、宣長には、名作も駄作もなく、心が映されていれば、それがうたなのである。
 そこで、掲題の句である。
 これを、名句というひとは、いないだろう。
 けれども、わたしの実感で、コンビニの弁当をみて、自然に、上記の句がでてきた。
 手軽で便利だが、若いひとには、栄養の面で、あまり、すすめられない。
 そのとき、頭にうかんだのが、家庭料理やおふくろの味である。
 最近の若いひとは、あまり料理をしないというが、事実なら、残念な話である。
 句は、詠んでしまえば、五・七・五の韻文だが、いろいろな思いを引きずっている。
 その思いがこめられていれば、凡句でも、かまわない。

 うたは、情緒と季節、自然の「三位一体」と思う。
 俳句には、季語がはいり、季節を映すのが、自然の風物である。
 情緒は、その二つから滲みでてくる。
 だが、ストレートに表現したいときもある。

 秋寒や 団欒恋しき 家路かな
 この秋思 温め酒が 友なりて
 いろり端 親父独酌 濁り酒
 

 手帳には、こんな句が、走り書きしてある。思いを省略したものもある。

 返り花 薄紅色に 彩(いろ)褪せて
 行秋や 里山彩(あや)か 草紅葉
 

 自然の風物に、時間の流れがくわわると、季節感になる。

 ゆく夏を 惜しむか如き 蝉時雨
 満月や 湖上浮かびて 秋を告ぐ


 週刊誌では、句や短歌のコンテストのようなコラム頁があり、投稿者が作品を競っている。
 だが、あまり巧拙にこだわると、一つの職人芸になってしまい、真情が失われる。
 素人に理解できない難解なうたばかりでは、特殊な文芸になってしまいかねない。
 わたしは、私信に、句や短歌を載せる。
 うたは、ひそかに書き置くものではなく、じぶんの心を他人につたえるもので、それも、日本の伝統である。
 日本人が、もっと、うたに親しむと、宣長のいう大和心が、自然にわかってくるのではないだろうか。

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2009年01月05日

 世界に誇るべき日本人の情緒や風情

 芭蕉忌や 善男善女の 筆走る

 日本には、情緒や風情など、特有の文化がある。
 なさけ(人情)やもののあはれが情緒で、わびやさびが風情である。
 二つとも、喜怒哀楽とは別物で、好き嫌いとも異なる。
 論理やイエス・ノーの二分法で、情緒や風情を割り切ることも、むろん、できない。
 日本の西洋化にともなって、あいまいさが排除されがちだが、あいまいこそが現実のすがたであって、日本の文化は、この中間的な感覚に根ざしている。
 資源のない日本が、これまで、先進諸国と伍してやってこれたのは、あいまいという懐が深い文化の恩恵だったかもしれない。

 掲題の句は、芭蕉が葬られている義仲寺でおこなわれた句会に集まった近所の人々、全国の各地の俳句愛好者が、たのしげに、さらさらと俳句をつくるのをみて、感心した体験をしるしたものである。
 いまから40年前、松尾芭蕉や木曽義仲、巴御前が眠る義仲寺が荒れ果てているのを知った国文学者の保田與重郎、中尊寺貫主の今東光、三浦義一、西山廣喜ら多くの有志が同寺の再興にのりだした折、わたしも、保存会の理事として、微力をつくさせていただいた。
 義仲寺が再興されて、滋賀県の史跡に指定されてのち、年一回、おこなわれる句会が、芭蕉忌である。
 日本人の情緒や風情は、俳句や短歌に、端的に反映されている。
 戦後、社会から、あたたかい情が消えていったのは、日本人が、うたの心を忘れてしまったからかもしれない。
 うたの代わりにでてきたのが、西洋の二分法や論理である。
 イエス・ノーの二分法は、選択肢が二つしかなく、一方が切り捨てられる。
 民主主義の悲劇は、良質の49パーセントが、衆愚的な51パーセントに排除されるところにある。
 論理も、正しい答えが一つで、他は、誤りとして退けられる。
 だが、ひとの心は、論理的にそって、うごくわけではない。
 一方、あいまいさは、無限の選択肢をもち、しかも、何も否定しない。
<情緒と風情><感情と論理>は、文化のちがいというより、宗教のちがいである。
 一神教では、神(ゴッド)と悪魔(サタン)がたたかっているので、何事も、中間ということがあってはならない。
 世界を、神と悪魔、善と悪に仕分けして、争いのタネをつくるのが、西洋の思想なのである。
 もう一つは、聖書に「初めにことばありき」としるされているロゴスである。
 神のことばであるロゴスは、ことばのほかに、法則や基準、論理という意味があるので、西洋人は、何事にも、論理や法則、基準(合理)をおしたててくる。
 二分法やロゴスが大手をふるほどに、うたの心やあいまいの文化が後退して、日本のよさやつよさが消えてゆく。
 そのことに気づかないかぎり、日本は、いつまでたっても、西洋的混乱から抜けだすことができそうにない。
 次回は、わたしの拙い句を枕に、情緒や風情(自然や季節)についてのべたい。
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2009年01月03日

 大晦日から新年へ、思いは巡る

 老いてなお 夢新たなり 除夜の鐘

 西洋の時間は直線的にすすみ、日本の時間は、まるく円を描く。
 円は循環で、日本では、時間が循環して、ふたたび還ってくる。
 一方、西洋の時間感覚は、一本の紐のように、初めと終わりがあるので、天地創造や最後の審判、ハルマゲドン(神とサタンの最終戦争)がなくては、辻褄があわない。
 時間が直線的にすすむので、神話が、この世の誕生から葛藤、破滅にいたる直線的な構造になっているのである。
 時間が循環する日本では、一年がすぎると、過ぎ去った過去が水に流されて、新たな一年がやってくる。
 循環は、再生で、水に流された過去も、いつか、還ってくる。
 こういう世界観から、弥栄(いやさか)や寿(言祝=ことほぎ)の思想がうまれた。
 循環と再生がくり返される日本では、除夜の鐘とともに過去一年を水に流して、新年とともに、おめでとうとなる。
 ふたたび、還ってきたので、目出度いのである。
 年をとるのも、年輪を重ねることで、日本では、老いではない。
 老いるという発想は、時間を直線的にとらえる西洋のもので、日本の古典に、老いを嘆く文言が、ほとんど、みあたらない。
 日本と西洋の時間感覚のちがいが、もっとも大きくあらわれたのが、進化思想である。
 西洋では、万物が、進化(変化)しながら、直線的に、未来へむかってゆく。
 一方、日本では、時間が循環するので、進化しながら、元の場所へもどってくる。
 日本の場合、進化は、維新で、過去が維(つな)ぎとめられている。
 西洋の進化は、改革や革命で、根っこにあるのが、破壊である。
「自民党をぶっこわす」と叫んだ小泉改革によって、現在、日本では、過去に例がなかった異常事態が、つぎつぎに、生じている。
 宮中祭祀に出席した小泉は、長時間におよんだ天皇の祈念の焦れて、「改革が必要」といったが、何時間にもおよぶ劇場オペラには、退屈しなかった。
 時間感覚も価値観も、西洋的な首相によってぶっこわされた日本がもとどおりになるまでには、まだ、相当の時間がかかるだろう。

 初春と いえども凍る 初詣 

 新年は、旧暦二月で、初春といえなくもないが、新暦では、まだ、厳冬である。
 明治六年に採用された新暦は、ローマ教皇グレゴリウス13世が定めた暦で、オリジナル版では、キリスト教の事跡や聖人の記念日と一体化している。
 グレゴリウス暦の導入は、グローバリゼーションの第一歩だったのである。

 初詣 拝みし人の 息白し

 今年は、どこの神社も、例年以上の人出だったという。
 不況や社会の閉塞感、政・官・財界の国民にたいする冷淡さに失望した人々は、日本古来の八百万の神々に懐かしさを覚えたのではないだろうか。
 人々の白い息は、ため息であり、それでもがんばって生き抜こうという、明日へのたくましい息吹きでもある。
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