2010年05月26日

 井の頭・弁天堂

 大願や 一紙半銭 神だのみ

 休みの日には、井の頭公園と公園の池から流れでる神田川沿いの道を歩く。
 コースは、吉祥寺駅から井の頭駅→三鷹台駅→久我山駅の往復六kmに自宅から駅までの往復約2kmと井の頭の池を一周する1、3kmをくわえた10km弱で、二時間ほどかける。
 途中、池のそばに立つ弁天(弁才天)堂へ参拝する。 
「才」が「財」につうじることから「弁財天」とも書かれる弁才天は、もともと、ヒンドゥー教の水の女神で、のちに仏教や神道、民間信仰と習合して、現在は、七福神の一柱として知られる。
 お参りのとき、ポケットの小銭(一紙半銭)を賽銭箱に納めて、願い事をする。
 神仏が人間にあたえるのが御利益で、神頼みが仏教的な性格なら、御守りは、神道的な考え方である。
 神道の真髄は、浄めで、御守りも、穢れから身をまもることに由来する。
 人間が、過ちを犯すのは、穢れるからで、浄めることによって、過ちからも逃れることができる。
 いかにも、日本的な考え方で、もともとのすがたには、罪がないというのである。
 キリスト教には、原罪という思想があり、儒教も、真実は天にあって、この世は、天に支配されている。
 キリスト教によると、この世をつくったのは、神(創造主)だが、神道では、この世のあらゆるものが、神である。
 物に神が宿る(アニミズム)のではなく、物それ自体が神なので、浄めが必要になる。
 浄めによって、元の神体へもどろうというのである。
 神社に参るのは、身を浄めることなので、本来、願い事をしてはならない。
 弁天様は、身を浄めて下さる神道の神なのであろうか。
 それとも、願い事を聞いて下さる仏教の仏なのであろうか。
 歩きながら、ふと、そんなことが頭にうかぶのである。

 薫風が 肌にやさしき 散歩かな 

 気づかずに 江戸の参道 歩きおる


 井の頭公園の池は、関東有数の湧水の一つで、園内の御殿山遺跡から、縄文時代の竪穴式住居遺跡も出土している。
 大昔、人々は、井の頭の泉のほとりに、集落をつくったのである。
 弁天堂の縁起も古く、伝教大師作の弁財天女像を安置した平安時代中期が起源で、源平合戦の頃、源頼朝が、東国平定を祈願して改築したという。
 鎌倉時代末期、新田義貞と北条泰家がたたかった元弘の乱(後醍醐天皇と鎌倉幕府の戦)の際に焼失したが、その数百年後、江戸幕府三代将軍徳川家光により再建された。
 井の頭の名称は、家光が名づけたもので、堂のそばに、その伝承を記した石碑、当時の商人や歌舞伎役者が寄進した石灯籠、宇賀神像などが残っている。 
 江戸時代、市民の信仰を集めた井の頭・弁才天は、行楽地でもあった。
 史跡として整備されている参道からの入り口に「黒門」と呼ばれる黒い鳥居がある。 
 道標の一つで、四谷、新宿から三鷹市をとおって、井之頭へ至る参道は、徳川幕府から篤く保護されてきたという。
 わたしの散歩道は、江戸時代、庶民がかよった参道と重なり合っていたのでる。
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2010年04月30日

 春二題

 雨だれや 水琴の音 春の宴

 水琴(窟)は、地中に埋めた甕(かめ)に落ちる水滴の反響を楽しむ風流で、日本庭園の装飾の一つである。
 水琴というほどだから、よほどよい音がするのであろう。
 わが家の水琴は、雨だれで、春雨を集めて、屋根から滴っている。
 霧のような春雨で、雲も、鉛色の雨雲ではなく、いまにも薄日がさしてきそうな淡い色だ。
 庭で、萌え出た若芽が、折からの雨をよろこんでいる。
 ながめていると、なにか、賑やかなかんじがする。
 木々や草花が、ひそかに、春の歌をうたっているのだ。
 雨だれの音が、その伴奏のように聞こえる。
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2010年03月30日

 亡き友を偲んで

 ゆらゆらと 陽炎たつ日 野辺送り
 
 春の季語でもある陽炎(かげろう)は、はかなさのたとえに用いられることも多い。
 陽炎の別名、糸遊(いとゆふ)は、平安時代から、和歌に使われてきたことばで、原義は、空中をただよう蜘蛛の糸が、光に屈折してゆらゆらと光って見えるさまである。
 空をただよう蜘蛛の糸は、はかなさの極致で、だからこそ、はかなさの代名詞である陽炎とイメージが重なりあったのであろう。
 昆虫のカゲロウ(蜉蝣)は、羽化後の寿命が短いことで知られる。
 なかには、数時間という短命もいる。
 ひとの命も、考えてみれば、はかない。
 短いという意味ではなく、去ってゆくことが、それ自体、はかない。
 野辺送りは、わたしの子どもの頃の記憶で、葬列に、野良の人々が手を休め、麦藁帽をとって、見送っている。
 遠い記憶が、ゆらゆらとゆれて、かげろうのようだ。

 陽炎の なかを歩みし 遍路かな

 狭義の遍路は、四国遍路のことで、お遍路さんは、空海が開いた八十八か所の寺(札所)を巡拝する。
 四国巡礼が遍路と呼ばれるのは、修行者が、平安時代から、険しい四国の海岸を“歩き修行”の場としてきたからである。
 遍路は、海沿いの道(辺地=へち)のことで、ここが修行の場となったのは、神道でいう「根の国(=仏教でいう彼岸)」が、海のかなたにあると信じられていたからである。
 仏教がはいってきて、浄土と「根の国」が習合して、浄土をめざす辺地修行が、遍路となった。
 したがって、広義の遍路は、聖地をめざす巡礼である。
 人々は、陽炎のようにはかなく、そして、険しいこの世という辺地を歩いて、聖地をめざす。
 多くの先輩、友人は、先に逝ったが、まだ当分、わたしは、はかなく、険しいこの世の辺地を歩きつづけなければならない。
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2010年03月09日

 春は間近に

 日溜りや 将棋をさして 春を待つ

 一年のうち、いちばん寒いのが二月だ。
 暦の上では、春が間近で、一か月もすれば、桜の蕾もふくらむというのに、この冷えこみはどうだろう。
 夜明け前がいちばん暗いといわれる。
 同様に、冬も、終わる寸前がいちばん寒いというわけだが、多分に、気分の問題だろう。
 朝や春が目前なので、いっそう暗く、寒くかんじられるのだ。
 ガラス戸ごしの日溜りで、詰め将棋をたのしむ。
 だが、実際は、背を丸めて、陽のぬくもりや眩さをたのしんでいるのである。

 かげろうの 向こうはのどか 地蔵尊

 陽炎(かげろう)は、地面から立ち上る水蒸気が空気の密度が変化させて、風景がゆらめいてみえる現象で、一応、春の季語だが、冬の末にも見られる。
 春が間近い陽の光にあたった地面のぬくもりと冬の寒気がまじりあって、大気の光の屈折率に微妙な変化が生じるのである。
 かげろうは、蜻蛉(カゲロウ目の昆虫)につうじさせて、はかないもののたとえに用いられるが、わたしには、大気が遊んでいるように見える。
 はかないどころか、愉快な印象で、見ていて、気持ちが明るくなる。
 散歩で、いつも見ている地蔵尊が、すこし動いたような気がして、足をとめた。
 目を凝らすと、ゆらゆらと陽炎が立ち上っている。
 春が、目の前まできていることに、あらためて気づくのである。

 屋根を打つ 音もしずけき 菜種梅雨

 三月にはいって、降る長雨を菜種梅雨という。
 本来、菜の花が咲く頃の長雨なので、時期は、三月の下旬から四月初旬にあたるが、先取りして、雛祭りの時分、しとしと降る雨も、菜種梅雨と呼ぶことにする。
 近年は、地球温暖化のせいか、菜の花の開花が早まっているので、さしつかえないだろう。
 冬の雨と春の雨のちがいは、雨音である。
 冬は、風や雨に、音がある。
 木枯らしはピューピューで、冬の雨はピチャピチャと、いかにも冷たい。
 ところが、春の雨は、音というより、かすかに気配がつたわってくるだけである。
 春一番の強風も、聞こえてくるのは、物が倒れた音くらいなもので、風の音は聞かない。
 夜分、降る雨の音の静けさに、春の訪れを知るのである。

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2010年02月08日

 春のことば

旅の宿 つぼみ寒梅 湯の香り

 先日、夕刻になってから、雪が降りだした。
 朝までには止んで、積雪にはいたらなかったが、夜半までしんしんと降りつづいた。
 この時期に降る雪は、名残り雪で、残雪や雪間(ゆきま)と並んで、雪にちなんだ春のことばである。
 名残り雪は、冬を思わせる春の雪で、残雪は春になっても消えずに残っている雪。
 雪間は、春になって、解けた雪のあいだに地表が見えてくる山里の情景である。
 寒梅は、春の季語で、寒の梅や寒紅梅などとも表される。
 その寒梅が、折からの名残り雪を被って、つぼみなどは、まるで頬かむりをしているようだ。
 きびしい寒さに耐えて、つぼみをつけ、春にさきがけて咲く寒梅には、我慢強さや努力という前向きなイメージがある。
 けれども、わが庭の雪の寒梅は、ただひつそりと、春を待ちわびているだけだ。

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2010年01月26日

 冬の空3題

 一人来て 一人で帰る 寒鴉
 散歩に出て、冬は、空を見上げることが多い。
 夏は涼しげな木陰へ、春は野の新緑へ、秋は落葉の木立へ目がいって、空を見上げることを忘れている。
 野が枯れて、街が寒々しい冬の空は、翳りがあって、案外、表情がゆたかだ。
 青く澄んでいるときも、淡い水色のときも、千切れ雲をうかべているときもあるが、寒々しい地上の風物とからむと、それなりに、冬の風景である。
 枯れ木と寒鴉、冬の空。
 こういう侘しい情景に、わたしは、心を惹かれる。

 冬晴れや 布団たたきの ここかしこ
 冬の晴れた空を小春空や冬晴れという。
 初冬は小春空、冬が深まると冬晴れで、いずれも、冬の季語である。
 冬は、空が青く輝いているのに、太陽の位置が低いので、日差しが弱々しい。
 それでも、冬晴れの下、マンションや公団の住人が、一斉に、布団を乾す。
 乏しい冬の光をもとめる人々の心根がつたわってきて、ほほえましい。

 冬うらら 影を追いつつ 遠くまで
 冬うららは冬麗で、晴れてあたたかい、春のような日和である。
 こんな日に散歩へでると、うららかな日差しに誘われて、つい、足がのびる。
 目にふれる景色に、春の気配は見えないが、何かを追うように、歩きつづける。
 まだ、春は遠いけれど、ひと月もすれば、木の芽がふくらみ、水もぬるんでくる。
 追っていたのは、春の兆しだったか。
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2010年01月20日

井の頭公園の初春

 さざれなみ 立てて雁行 くの字かな
  
 雁は別名「かり」とも称される大型の渡り鳥で、日本へ秋に飛来し、湿原や湾などで冬をすごして、春に北へ帰る。
 一羽が飛び立つと他がそれにならって飛ぶ習慣があり、上空で、雁行と呼ばれるくの字型の編隊をつくる。
 さざれなみ(細波)は「立つ」の掛詞で、いざこざや不和という意味もある。
 春になって、雁が北へ帰ったのちも、日本列島のさざなみは、消えそうにない。
 雁行のくの字が「苦の字」にならなければよいのだが。
 雁(がん・かり)は、カモ目カモ科の水鳥の総称で、鴨(かも)よりも大きく、白鳥よりは小さい。
 日本でもっとも馴染みの深い渡り鳥で、数万羽の真雁が越冬する宮城県では県鳥に指定されている。
 1300年前、聖武天皇が「秋の田の穂田を雁がね暗けくに夜のほどろにも鳴き渡るかも」(万葉集)と詠んでいる。
 馴染みからいって、日本の国鳥といってもよいのではないか。
  
 せせらぎに 耳を澄ませば 春の音
 
 井の頭公園の湧水・茶の水を源流とする神田川の川沿いの歩道を歩くと、せせらぎの音が、春を待つ心をなごませてくれる。
 井の頭公園から流れでた神田川は、善福寺川や妙正寺川、小石川と合流してお茶の水へ下って、秋葉原、浅草橋をへて、隅田川(大川)に注ぐ。
 荒川や隅田川と比べるといたって小さな川だが、江戸市民にとって、神田川は、玉川上水と並んで、飲用水を提供する貴重な川だった。
 江戸以前、平川と呼ばれていたが、江戸の世から、日本初の上水道「神田上水」の源水となったことから神田川と呼ばれるようになった。
 わたしが散歩する井の頭公園からすぐの神田川は、水量が少なく、それだけに、耳を澄ますとせせらぎが聞こえてくる。
 年が明けると、この水音が「春遠からじ」と聞こえてくるのである。



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2010年01月07日

 行く年来る年

 年越して 響き新たや 除夜の鐘

 除夜の鐘は108回撞かれる。108は煩悩の数で、新年を迎えるにあたって、除夜の鐘を聞きながら、煩悩を滅しようというのである。
 大乗仏教には、煩悩を滅して、さとりをひらこうという考えのほかに、煩悩をあるがままの人間の姿として、肯定的にとらえる考え(如来蔵思想)がある。
 両者の葛藤は、案外、大問題で、自由や権利の観念ともからんでくる。
 自由を制限されると息が詰まるが、野放図な自由も困りものだ。
 そんなことを思いながら聞く除夜の鐘も、午前零時を過ぎて、新年を迎えると、とたんに、新しい音色に聞こえてくる。

 また一歩 閻魔に近づく 除夜の鐘

 年越しの 団欒の宴 除夜の鐘

 湧きいずる 茶の水流るや 神田川

 井の頭公園は、わたしの好きな散歩道である。
 公園の一隅に、茶の水といわれる湧き水がある。
 かつて、徳川家康が、武蔵野へ鷹狩りに出かけた折、この湧き水で茶を立てたとつたえられる。
 その由来から、「茶の水」の名がついたこの湧き水は、いまも、滾々と湧き出て、井の頭の池に流れこんでいる。
 それが神田川の源流で、JR御茶ノ水駅の脇をとおって、領国橋で、隅田川と合流している。
 園内は、井の頭池の一角、雑木林と自然文化園のある御殿山、運動施設のある西園、西園の南東にある第二公園の4区域に分かれている。
 江戸時代は、幕府御用林として、その後、宮内省御用林、帝室御料地として、保護されてきた園内の雑木林は、樹種がゆたかで、散歩の目をたのしませてくれる。
 紅葉・黄葉も、みごとで、モミジ、ケヤキ、イチョウなど、樹種の異なる、変化に富んだ葉色が井の頭池の水面に映える風景は、圧巻である。

 己をすてて 浮かぶ瀬もあれ 散黄葉

 わたしは、いさぎよさの象徴のようにいわれる桜の花の散り様と同様、黄葉した銀杏の散り様が好きだ。
 桜の花は美しく咲き、そして散り、やがて実をつけ新しい命を育む。
 だが、銀杏の黄葉は、散ってゆくだけで、桜の花のように、新たな命を育むわけではない。
 みずから散ってゆくのは、冬の寒さにむかう親木の負担を軽減させるためである。
 葉を落として、裸木となった親木は、冬の寒さに耐え抜き、春にふたたび青々とした新芽をつける。
 黄葉も落葉も、みずからを犠牲にすることによって、親木をまもろうとする自然界の摂理で、何十年、何百年も、同じことをくり返して、銀杏は、やがて、大木へ生長する。

 雪花や 御園に舞うや 筵松

 井の頭公園は、春は水面に映える250本の桜、夏は涼風吹きぬけるクヌギやケヤキの散歩道、秋は紅葉・黄葉が都民に親しまれているが、わたしは、冬の井の頭公園にも心を魅かれる。
 冬になると、園内の日本庭園のクロマツにムシロが巻かれ、雪吊りのロープがかけられる。
 最近は、年に一度か二度しか雪が降らないが、銀世界に、雪吊りの松がよく似合う。

 時雨きて 軒下借りる 彼我も

 雪にならないまでも、冷たい冬の雨にそぼ濡れる木々の景色も、捨てがたい。
 時雨は、初冬の通り雨で、このとき、気温が下がって降る雪を、時雨雪と呼ぶ地方もある。

 夜時雨 夜半に雪の 寒さかな

 冬の雨は冷たく、うっとうしい。冷えこんできた夜半、窓の外を見ると、白いものがちらついている。
 いつのまにか、冷たい雨が雪に変わっていたのである。

 小春日や 座布団ぬくし 猫うつら

 命日の陰暦10月12日にちなんで、芭蕉忌を、時雨忌と呼ぶことがある。
 時雨降る陰暦の10月に、小春の異称があるのは、ときどき、春のような暖かい日があるからであろう。
 とくに、うららかな日が小春日で、小春日和ともいう。
 年が明けると、いくら春めいて、あたたかい日でも、小春日とはいわない。
 迎春は、本物の春をまちわびる心である。
 今年は、どんな春がめぐってくるのであろうか。
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2009年11月16日

 枯葉と落ち葉

 空を舞い 地にあってなほ もみじかな

 落ち葉となったもみじが、地上を赤く染めている。
 紅葉(もみじ)は、落葉して地に還る枯葉とちがい、散って地面に落ちても、永らく、色や形を変えない。
 紅葉(こうよう)は、葉の老化現象とみられていたが、最近、一つの生態であることがわかった。
 発芽や開花と同じように、木々に、紅葉づ(もみづ)という生理現象があるというのである。
 紅葉はアントシアン、黄色はカロテノイドという色素のはたらきによるものだが、秋に広葉樹の葉が紅葉(黄葉・褐葉)する理由は、まだよくわかっていない。
 紅葉色が鮮やかなほど、寄生して樹液を吸う害虫、アブラムシの寄生が少ないというから、防衛反応の一つなのかもしれない。
 そこに、日本人が、新緑や開花と同じように、紅葉を愛する理由がある。
 紅葉は、滅びではなく、木々のいのちの、輝きだったのである。

 霜立ちて 尚粛々と 山粧う

 山が赤く燃え上がるような紅葉は、満開の山桜と並んで、日本を代表する美である。
 紅葉を称える季語も、初秋の薄紅葉や初紅葉から盛りの照紅葉、黄昏の夕紅葉、そして、散り紅葉と多彩だ。
 カエデ(楓)の別称としてもちいられることはあるが、もみじという植物はない。
 紅葉するのは、カエデのほか、ウルシやツツジ、ツタ、ヤマブドウ、ヤマザクラ、カリン、ナナカマド、ウコギ科のタラノキなどで、イチョウやヤナギ、ポプラは黄葉、ブナ、ミズナラ、カシワ、ケヤキは褐葉する。
 広葉樹が葉を落とすのは、葉から水分が蒸発するのを防ぐためで、裸となった木々は、休眠状態のまま、春をまつ。
 そのひっそりとした風情も、秋山の粧いである。
 木々の燃えるように映える紅葉もみごとだが、赤や黄、褐色の落ち葉が山をつつみこんだ景色にも風情がある。

 子守柿 鳥がついばむ 秋の暮

 柿の紅葉も、カエデや銀杏の黄葉と並んで、色合いが鮮明だ。
 秋が深まって、葉が落ち、裸になった柿の木に、実が一つ残っている。
 実を一つ二つ残すのは、来年の豊作への祈願であるとも、野鳥のためともいわれる。
 それが、子守柿(こもりがき)で、木守柿(きもりがき)ともいう。
 秋の夕暮れ、野鳥がやってきて、せっせと庭の熟柿をついばんでいる。
 遠慮することはない、おまえのためにとっておいた実だ。
 
 古き家の 木犀の香に 歩み止む

 休日に、一時間ほど近所を散歩する。
 新築の家は、みな、外に向かって、冷たく戸締りしている。
 だが、古い家は、あけっぴろげだ。
 たいてい、小さな庭や立ち木があって、ひとが平和にくらしている気配がある。
 木犀の魅惑的な香に 歩みを止める。
 案の定、古い家の庭のギンモクセイが、星のような小さな花をたくさんつけている。
 木犀は秋に花をつけるので、秋の季語だが、秋にしては、艶やかな香である。

 秋寒や 道行く人も 背を丸め

 秋寒も秋の季語だが、本格的な寒さではない。
 朝晩の肌寒さから、秋がきたことに気づくのが秋寒で、道行くひとも、心なしか、背を丸めているように見える。
 木枯らしが吹くまで、当分、小春日和と秋寒、秋日和と秋黴雨が交代する日々がつづく。
     
 窓ぬらす 雨声も弱き 秋黴雨(あきついり)

 秋黴雨は秋入梅で、秋の長雨である。
 春雨のような軽さ、夕立のような激しさ、みぞれのような冷たさはない。
 ただ、弱々しく、さびしく、どこか、人恋しい。
 雨音がほとんどなく、いつのまにかふりはじめ、いつのまにかやんでいる。
 その雨が、いつまでもつづくので、秋の梅雨なのである。

 独酌の 徳利も軽き 夜長かな

 秋の夜長も、そぞろの一つのかたちで、秋の夜時間が長いという意味ではない。
 冬眠ということばから、冬が、活動停止の時期と思われがちだが、実際は、越冬や年越しの活動期で、案外、忙しい。
 ひとが、活動を休むのは、秋で、もっぱら食べ、心身を休め、知識を深める。
 このとき、そぞろという心のはたらきが動員される。
 そぞろは、自由で、直観的で、理屈にとらわれない。
 夜更けに気づくと、独酌の徳利が空になっていた。
 そぞろに更ける秋の夜長は、酒も、ちょっぴりすすむのである。
 
 
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2009年11月04日

「危急存亡の秋」

 風の息 波打ち躍る 稲穂かな

 ハンチントンの『文明の衝突』で、日本文明は、西洋文明や中華文明と肩を並べる独自の文明とされている。
 ところが、学者やインテリのなかには、日本文明は中華文明の亜流にすぎないと主張する者が少なくない。
 学者やインテリの世界でも、反日主義や媚中・自虐史観派が、大手をふっているのである。
 かれらが、日本文明の独自性をみとめようとしないのは、土台となっている神道=天皇を否定したいからであろう。
 ハンチントンは、独自の宗教が、独自の文明をつくりだす、と考えた。
 西洋はキリスト教、中国は儒教、日本は神道が、文明の母体となったというのである。
 土着宗教は、民族の生存手段とも、深くかかわっている。
 じじつ、一神教と狩猟(肉食)、儒教と雑食文化、神道と稲作文化は、表裏一体の関係にある。
 アニミズムは自然に精霊が宿るが、神道では、自然そのものが神である。
 日本の場合、収穫は、神の恵みで、人々は、八百万の神々とともにある。
 こういう宗教観は、日本以外、どこにもない。
 稲作社会では、大勢が協力しあって、はじめて、十分な食糧がえられる。
 神道は「自然との共生」で、稲作文化は「人々との協力」である。
 これが「和の精神」で、共生と協力が、日本文明の根幹といってよい。
 人々が力を合わせて育てた稲穂の上を、風がとおりすぎてゆく。
 その風が、あたかも、風の神の吹いた息に思われる。
 いかにも、日本文明を象徴する風景なのである。

 うららかに 木漏れ日の杜 薄紅葉

 薄紅葉 朝日に映えて 今朝の露

 村上正邦先生をお迎えするため、前日、栃木県喜連川の「簡保の宿」に一泊した。
 翌朝、夜明け前に目覚めたので、窓から、日の出をながめた。
 朝日の下にあらわれた山が、うっすら、紅葉にそまっていた。
 奈良県吉野山で、南丘喜八郎、佐藤優、平沼赳夫、西村眞吾氏ら、大勢の同志とともにお送りしたのが、一昨年の春であった。
 あれから、一年五か月が過ぎ去った。
 そのかん、日本は、激変した。
 雇用を大事にしてきた企業が、株主や資本の論理をおもんじるアメリカ型へモデルチェンジして、多くの国民が、生計手段を奪われた。
 社会構造も、弱肉強食と自然淘汰の波にのまれつつある。
 みなが力を合わせて生きてゆく「共生と協力」の社会から、他人と競争をして、勝たなければ生きていけない狩猟型の資本主義社会へ移行ようとしている。
 そのさなか、半世紀以上、政権をにぎってきた自民党が、民主党に惨敗した。
 民主党は、国民の声を聞くという名目で、徹底した衆愚政治をおこない、のちに、反日政策を仕掛けてくるはずである。
 外国人参政権、夫婦別姓、靖国代替慰霊施設など、すべて、西洋的価値観の導入である。
 村上正邦先生を中心に、保守人が結束して、日本をまもらなければならない。
 秋には、季節の秋のほか「危急存亡の秋(とき)」とあるように「大事な時」という意味もある。
 この秋は、保守陣営にとって、「危急存亡の秋」でもある。
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